もしも、今の私の立場がふわふわしてて繊細で可憐な女の子だとしたらきっとひくひくと細い喉を痙攣させて泣いているんだろうなあ。焦ったように、というか確実に焦りながらばたばたと駆け回る先生を眺めながら私はひっそりと溜め息を漏らした。
体育の時間、グラウンドでドッジボールをしていた私は派手に転んだ。いつもの事だった。でも今日は違った。走った、転んだ、転んだ先には尖った石があった、勢い良く滑る、石が私の足を蹂躙する。結論、私の膝下からふくらはぎがぱっくり開いた。
慌てて寄ってきた先生によって保健室に運ばれ、これから養護教諭さんの車で病院に行く。つまり私早退、ひゃっふー。現金な私は早退出来る事に心の底から湧き上がる歓喜に打ち震える。
ガーゼを当てて強めに包帯を巻いている足を見下ろす。不思議とあまり痛みは感じない、よくある話だ。何ともなさそうだと思ったら存外に重傷、今の私はまさにそんな感じだった。車を玄関に持って来た養護教諭におぶさりけろりとした表情を浮かべた私は体操服の儘病院へと運ばれた。



病院から戻って来た頃にはすっかり日も暮れ、電気が点いているのも部室や美術室やコンピュータールームなど部活に使われている教室位しかない。一際強く光を放つのは体育館の灯かりで、窓から漏れでた光が私の足元に巻かれた包帯を照らす。
荷物も持って家に送れば良かったわね、と眉を下げる養護教諭に礼を言って別れ緩慢な足取りで体育館へと歩みを進める。何針縫ったかも分からない其処は局部麻酔が効いていて歩くというより半ば引き摺っている。どうにかこうにか辿り着いた体育館のドアをちょこっと引いて中の様子を窺ってみる。スリーポイントのラインに立っているしーちゃんがボールを構えていて、およそバスケットボールを放つ音とは思えない音を出してシュートを放つ。…でも、そのボールはリングの縁をくるんと回ったかと思えばリングを潜る事なく床に落ちてしまった。

「あーらら。こりゃまた重症だねぇ真ちゃん」

「チッ」

床の端で筋トレをしていたらしい高尾くんが新たにボールを持つしーちゃんに野次を飛ばす。馬鹿みたいに見えると言って普段は絶対にしない舌打ちをしたしーちゃんは相当苛々しているようだった。もしかしてスランプかな、それなら私は介入すべきではないのかもしれない。そう思ってドアを閉めようとした時、僅かに開いていた扉の隙間から汗をかいた両手がにゅっと入り込んで来る。声を上げそうになるのを我慢しながら顔を上げると驚いたような表情をした高尾くんが居た。

「こんばんは、高尾くん」

「あ、うん、こんばんは……じゃなくて!」

とりあえず挨拶したらツッコまれた。何で居んの、帰ったんじゃないの、と何故か小声で問い掛けて来る高尾くんに荷物は置いた儘病院に行った旨を伝えた所でクラスが違う高尾くんが何故私が怪我した事を知っているのだろう、と考えるも誰とでも仲良くなれる高尾くんなら直ぐに情報を仕入れちゃうんだろうなという結論に至った。
練習お疲れ様、私帰るねと言って帰ろうとした所を首根っこを掴まれ猫のように体育館の中へと連行される。重いでしょう、重いでしょう!高尾くんの腕が壊れちゃう、やめてー!抱っこは女の夢でもあると同時に女にとっての恐怖でもあるんだよ!体重バレる的な意味で!

「真ちゃん!見て見て!」

「煩い、黙るのだよ高……尾……!?」

「練習お疲れ様」

足が宙に浮いた儘しーちゃんに向かって頭を軽く下げる。苛ついた口調ながらもちゃんと振り向くしーちゃんは誰よりも高尾くんの努力を認めてる。拾った!と言わんばかりの笑顔で私を差し出す高尾くんの意図が分からない。

「家に帰ったのではないのか」

「あ、うん。鞄とか学校に置いた儘だったし…これからお母さんに迎えに来てもらおうかなって」

「……いや、いい。オレが送る。練習が終わるまでベンチに座っていろ」

「えっ」

「高尾もいいな?今日は歩いて帰る」

「へーい」

「ええっ」

何とも強引に話を進められ、その儘私はベンチに座らされる。
高尾くんは筋トレを、しーちゃんはシュート練習をいつも通り始める。そういえばしーちゃんがバスケをしている所を間近で見るのは初めてかもしれない。ボールの跳ねる音と息遣いしか聞こえない体育館の中でぼんやりと考える。
中学の頃に土日の練習日にしーちゃんのお母さんが渡し忘れたお弁当を届けに行った時だって換気用に開かれたドアから顔を覗かせて渡しただけだし、練習試合は何処でやるかも教えてくれないし、公式試合はあんなに大きいしーちゃんでも柿の種くらいの大きさでしか確認出来ない。
しゃんと背中を伸ばして、真っ直ぐリングを見据え入念に手入れをした左手で放つシュートは吸い込まれるようにリングを貫いた。それからしーちゃんが「今日は終わりだ」と呟くまで一度もボールがリングから零れる事は無かった。

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