妹は一度体調を崩すとずるずると体調不良を一ヶ月近く引き摺る。半月ずっと微熱続きだった人間を妹以外に見た事がない。
十分程通話状態だった携帯の終話ボタンを押して、唇を噛み締めて身体を蝕む熱に耐える妹を見下ろす自分の顔はどんなものだっただろう。

「あら、征ちゃん。そんなに書類抱えてどうしたの?」

職員棟から戻る最中、ばったり出会した玲央に廊下で声を掛けられた。鍵当番なのか、視聴覚室のタグが付いた鍵が指に絡まっている。脇に抱えられた世界史の教科書は当然ながら僕の学年のものではない。
僕の用事については教える気も無かったが文句も言わずに妹を探し回ってくれた昨日の礼もあるので先程判を押して貰ったばかりの書類を玲央へと差し出した。日当たりが悪く薄暗い廊下ゆえに文字が見えにくかったのか、玲央の眉間が僅かに皺を作る。

「…あら、まあ。征ちゃん、寮出て行くの?」

「ああ」

「寂しくなるわあ……なんて、言ってられないわね。あの子の為でしょう?」

「…そんなわけないだろう。家に帰ってから食事の支度をするのが面倒なだけで、」

「もう…そうやってのらりくらりかわすんだから。お昼休みの度に購買行くフリしてあの子の様子見に行ってるくせに」

バレていた。そういった事柄には聡い玲央だからいずれバレると思っていたがもう少し上手く誤魔化せられると思っていたのに。
今日もちゃんと学校に来ているか、昼食を摂っているか、具合は悪くないか。勿論それを確認するのは担任伝いでも構わない。しかし何故か僕はそうする気になれなかった。ならなかった。おのずと足が妹のクラスへと向かっていた。最初は手洗いに行く振りをして、数回目からはバスケ部のレギュラーを連れて購買に行く際に。行脚するように歩く僕達に生徒達はざわめき自然と道が出来る。その最中、妹のクラスにちらりと視線を向けるだけで良かった。

「そもそもアレが洛山に来るなんて知らなかった…知っていれば住まいを近所にする事も出来た」

「顔見て体調の良し悪しが分かる位可愛がってるならアレなんて呼ぶのは辞めなさい」

「赤司さんは一度体調を崩すと持ち直すまで時間が掛かるんだよ。で、今体調を崩してる。それを放置する程僕も鬼ではないからね」

「……色々ツッコミたい所があるんだけど」

「突っ込むなんてはしたない言葉は慎め」

「もう、そういう意味じゃないわよ」

適当に話を切り上げて玲央と別れ自分のクラスに戻る。念のため妹のクラスも覗いたがやはり妹は来ていなかった。妹は一見流されやすい性格だが変な所で意固地になる時がある。自分には才能がない。自分は凡人。自分は兄を超えられない。

『帰って来てすみません』

妹は本当に馬鹿だ。馬鹿という言葉に対して土下座して謝りたくなる位に愚かな人間だとつくづく思う。
部員を使って探したけれど手掛かり一つ見つからず、ネットの掲示板に助けを求める程必死だった僕に、妹は帰って来てすみませんと謝ったのだ。お前を謝らせる程僕がお前を嫌っているなら貴重な練習時間を削ってまで探したりはしない。
ぐちゃぐちゃに絡み合い何処から解けばいいのか分からない紐のように、並大抵の事では容易に解けない位まですれ違いを重ねてしまった僕達。出来るなら誰でもないこの僕の手でそれを解いていきたい。僕の才能は捨てる事は出来ないし妹の卑屈な性格も直る事は無いだろうけれど。
せめて。せめて妹に妹自身の意思で妹自身の口から「揚げ出し豆腐が好き」と言わせられれば、それでいい。それまで、中学のチームメイトの口癖だった「人事を尽くす」を見習ってみようじゃないか。

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