がさがさがさがさ。
テイクアウトしたきたマジバのビニール袋からハンバーガーの匂いが漂ってくる。ジャンクフードを口にするのはどれ位振りだろう、もしかしたら昨日かもしれないし今日が初めて食べる日なのかもしれない。
星が綺麗だなー、今日も暑いなーとぼんやり考えながら私の住処である二階建てのアパートが見えてきた所で、何やら数人が慌てたように動き回っているのが視界に入った。ハムスターで逃げ出したのか、しきりに他人と思われる家の生垣を覗いたり家と家の隙間を懐中電灯で照らして注意深く覗き込んでいたり。
大変だなあ、小さいペットは飼うのは辞めておこうと考えながら男の人達の間を縫うように通ってアパートへと向かう。夕飯の支度もしなくていいし、弁当箱は拉致される時に鞄ごと落としてしまったみたいだから財布も携帯もない。ご飯を食べたら着替えて鞄を探しに行こう、もしかしたら親切な人が交番に届けてくれているかもしるない。
最後の砦のようにアパートの前で腕を組んで難しい表情を浮かべている長身の美人さんの隣を通ろうとした瞬間、がしりと強い力が手首に掛かった。

「あああ!居た!居たわよ!」

「無事だったか!?」

よく見たら生垣を覗いていた人や隙間を覗いていた人も兄が所属するバスケ部のレギュラーさん達だった。がっつりレギュラージャージ着てるのに全く気付かなかった。怪我はしていないみたいね、と微笑む美人さんはとても綺麗だけどいかんせん手首を握る力が強すぎてうまく受け答えが出来ない。色黒さんがそれを指摘してくれたお陰で手首は直ぐに開放された。代わりに逃げられないように左手と美人さんの右手が繋がれた。同様に右手はくりくりとした目が特徴の人によって繋がれる。マジバのビニール袋はマッチョな色黒さんが持ってくれた。有難う御座います。

「二軍のコがね、連れ去られる貴女を見たらしいのよ。落ちてた鞄にタイヤの跡が残ってたから嘘じゃないって直ぐに分かったわ。…あの時の征ちゃん…過激だったわぁ…」

繋がっている私をゆらゆらと揺らしながらうっとりとした口調で私を探していた経緯を話す美人さんをよそに、私の体温は低下を辿っていくばかりだ。どちらにせよ今日死ぬ運命は変わらないのかもしれない。それが他人であるか、身内であるかの違いなだけで。
探していただいた縁もあるし名乗るだけの自己紹介をしたら知っていると笑われた後に各々自己紹介をしてくれた。美人さんが実渕さん、まんまるな目な人が葉山さん、色黒マッチョさんが根深谷さんらしい。……なんとかの五将、という人達かもしれない。因みにこれを教えてくれたのは影が薄い、兄のかつてのチームメイトだった。


男子寮に女子一人が乗り込むという高校側からすると由々しき問題と言い出しかねない状況はいとも簡単に作り上げられるものだ。兄が責任者に許可を取っておいたらしい、誰かが言いがかりを付けてくる事もなくあっさりと私は兄の部屋へと連行された。断頭台に上がる罪人の気分だ、私自身悪い事は何もやっていないのに。

「征ちゃーん、お待たせー!」

「本当に待った。遅い」

学生寮、とは言ってもアパートに一人暮らしのようなものだ。てっきり学生館のような場所で朝夕の食事が出る寮に住んでいると思っていた私は放心のあまり実渕さんと葉山さんに半ば引き摺られながら兄の部屋に放り込まれた。
兄も一人暮らしだなんて、知らなかった。バスケ部主将に加えて勉強も首席を保ちつつ一人暮らしもこなしている……やっぱり、私は一生掛かってもこの人を越える事は出来ないらしい。
脱力して玄関に座り込んだ私の膝の上に根深谷さんがマジバのビニール袋を置いて、目の前の扉は閉められた。

「靴を脱いで、此方に来て」

頭上から伸びてきた手がビニール袋を拐っていく。のろのろとローファーを脱いでスリッパには足を通さずに灯りが点いている部屋へと足を踏み入れた。ワンルームタイプの部屋は先程まで居た部屋と似たようなものだった。ベッド、パソコン、チェスト、クローゼット。バスケの雑誌が几帳面に年号順に並べられた本棚と窓ではなくベランダがあるのに違和感すら感じる。
黒いTシャツに白いハーフパンツ姿の兄は無言無表情の儘クローゼットを漁って上下セットのジャージを渡してきた。いい加減制服を脱ぎたかったので有り難く頂戴して部屋の隅で兄に背中を向けて着替えた。キャミソールの上からジャージを羽織り少し暑いが仕方なくファスナーを胸元まで引き上げた所で、兄からハンガーを渡されたので制服を引っ掛ければ壁へと掛けてくれた。会話は一切無く下校前に兄から逃げたという背徳感もあり、部屋に漂う空気は重かった。

ジャージの裾を折っているとマジバの袋を突き出された。食べろと言いたいらしいがこの空気の中で食べられるわけがない。取り敢えず受け取って傍に置きまた裾を折る作業に戻ると兄は盛大に溜め息を吐き出し腰を上げて居間を出て行った。
暫くして戻って来た兄は一緒に持って来た器と木匙を私に押し付けると、バスタオルを持ってシャワーを浴びに行った。器の中は揚げ出し豆腐だった。一瞬だけ、世界が凍結した気がした。揚げ出し豆腐は唯一と言っていい程の私の好物だったから。でも、それを誰かに話した事はない。顔にも出した事はない、筈。揚げ出し豆腐という言葉さえ口に出した事がない。どうして、なんで。
震える手で匙を握り餡がたっぷり絡んだ揚げ出し豆腐を一口含んだ。温かい口触りにちょっぴり涙腺が緩んだ。
餡までぺろりと平らげて居間を出た所にある台所へと向かえば鞄の中にある筈の私の弁当が綺麗に洗われて他の食器達の中に堂々と居座っていた。少しだけ好奇心を擽られて覗いた冷蔵庫には半分だけ使われた豆腐が一番手前に置かれて、段々情けない顔になっていくのが分かった。

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テーマ「人外ファンタジー」
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