洛山高校の体育館は籠った熱気を逃がす為に部活中は非常口の扉が開放されている。放課後になりさあ家に帰ろうと体育館の横を歩いていると、懐かしい物が開かれた非常口の扉の傍に置かれていた。
将棋を打つのに使う盤だった。近くには駒も散らばっている。
兄は悩んだり苛ついていたり、考え事をしたい日には必ずと言って良いほど将棋を打っていた。
家では一人で。学校では緑間くん、時折他のキセキの世代のメンバーを誘って。
辺りに散らばった駒の中、盤上にはぽつんと歩が一つだけ残っていた。今は外周に出掛けているからだろうか、体育館には生徒どころかマネージャーすらもいなかったせいか私の足はふらふらと盤に向かっていた。

転がる歩を盤上の真ん中に立てる。
砂利の上にも幾つか落ちてしまっている王を拾って歩の正面に置く。金を、銀を、飛を、桂を、香を、角を、歩を。無心に置き続けているといつの間にか最初に置いた歩を取り囲むように他の駒が輪になっている図になっていた。

貴女も洛山に行きなさい。洛山に行くなら学費は出すけど洛山"程度"の学力もないんじゃお母さんはもう知らないから。
スポーツ特待生として兄が洛山への進学が決まったその日の夜、母から伝えられた投げやりな私の進路決定はあまりに残酷すぎた。兄が京都へ行き私が東京に残ればもしかしたら両親は私の事を見てくれるかもしれないと、ほんの僅かな期待を抱いていたからだ。
やはり私は兄のおまけでしかなかったわけで。結局一般入試で洛山への進学が決まったが兄は特待生枠での寮住まい、私は遠方から通う一般学生らしく安アパートで一人暮らし。

「虚しいね」

「何が?」

砂利を踏む音に虚無感に馳せていた意識が一気に緊張を帯びて行く。振り向いてはいけない。言葉を交わしてはいけない。頭の中に鳴り響く警告音を振り払うように頭を左右に振って立ち上がる。膝が盤を小突いてしまい綺麗に並べていた駒がドミノのように崩れていく。崩壊、そんな二文字が脳裏をよぎった所でじゃりじゃりと音を立てて背後から奴が近付いて来る。

「ねえ、何が虚しいの?」

「……」

「答えて」

空気が震える。私の名前を紡ごうとしている。辞めてくれ、貴方に名前を呼ばれる度に私は貴方に劣等感を抱く。結局貴方も裏では両親みたいに私の無能を嘆き嘲笑い馬鹿にしているんだろう。
肩に掛けた鞄の紐をぎゅうと握り締めた時、背後の更に後ろの方から走り寄ってくる複数の足音と兄の名を呼ぶ男の人の声が響いた。背後の気配が一瞬その人の方へ向けられた隙を突いて走り出し校門を抜けて帰路へとついた。後ろから掛けられた声には気を向けないように意識しながら。

そして、それ以降の私の記憶はない。

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