目当ての物を無事入手し、さて会計に行こうと上着のポケットに手を伸ばした所で大変な事実に気付いた。…財布を忘れてしまったのである。
携帯…ある。自転車の鍵…ある。財布…ない。おかしい。何でよりによって一番大切なものを忘れるんだろう。取りに行きたいけど此処のコンビニから家まで自転車で五分掛かるしその辺に置いていくわけにはいかないし…。泣く泣く取り出した携帯を操作し見慣れた名前を呼び出す。今の時間ならまだお風呂には入っていない筈…!
そう信じて通話ボタンを押した。

『……どうした』

四コール目に繋がった電話の向こうのしーちゃんの声は少しだけ不機嫌さを含んでいる。勉強中だったかな、ごめんなさい。

「しーちゃん…私に十分だけ時間を戴けませんか」

『何があった?』

「…財布忘れた儘コンビニに来ちゃった」

『……』

誤魔化しても意味が無いので用件を正直に明かせば電話の向こうに沈黙が訪れた。絶対呆れてるか馬鹿にしてる。
…うん、やっぱりお母さんに電話すれば良かった。何で私しーちゃんに電話したんだろう。

『馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたがまさか此処までとは…』

呆れつつ馬鹿にされた。両方だった。
ごめんなさい、と素直に謝って籠の中をちらりと見る。別に今すぐ欲しいわけではないし明日また買いに行こう。

「うん、ごめんね。でもいいや、今日は諦める」

『馬鹿を言うな。最後まで人事は尽くせ』

「買い物にまで人事は尽くさないよ」

『…今から行く』

しーちゃんがそう言うなりブツリと通話が切れた。どうやら来てくれるらしい。私の家に行って、財布を取ってコンビニに来るから、十分は軽く掛かるだろうな。そう思ってうろうろと店内を歩き回っていると数分後、店のドアが開いて店員さんの気だるげな挨拶が店内に響く。顔を上げれば頭一つ飛び出た緑色の頭…というか顔や首辺りも見えた。そしてばっちり目が合った。

「し、しーちゃん…」

うん、しーちゃんは見事なまでに汗だくでした。しかもちょっと息が上がってる。来て欲しいとは言ったけど全速力で来てとは言ってないよ、何でそんなに汗かいてるの。
恐る恐る近付いていくとじろりとねめつけるような視線を頂戴した。迷惑を掛けたのは私なので黙ってされるが儘になっていると溜め息を一つ吐いたしーちゃんに手にしていた籠を奪われた。

「欲しい物はこれで全部か」

「あ、うん」

「フン、ならさっさと会計して帰るのだよ」

籠を持ってレジへと向かうしーちゃんの後を慌てて追い掛ける。あの、しーちゃん、私の財布は…?控え目に問い掛けてみれば馬鹿にしたそうな視線を帰された。…つまり、私の家には寄ってないらしい。財布を持って来て欲しいという私の無言の頼みは届かなかった模様。
しーちゃんはスタイリッシュに電子マネーのカードでしゃりーんとお会計していた。私は電子マネーとかチャージとかちんぷんかんぷんなので一切手を付けていないが、随分と便利な世の中になったものである。

結局奢ってもらう形の儘店を出る羽目になった。レシートを外のゴミ箱に捨てようとするしーちゃんの腕に引っ付いたり爪を立てたり挙句には噛み付いたりして何とかレシートを奪取する事が出来た。ああ、噛み付いた時のしーちゃんの表情と視線は思い出したくない。
そして今は私が行きに乗って来た自転車に乗って帰宅中なのだが、これまた結局サドルにはしーちゃんが股がっており私はさながら重たい荷物なのであった。

「明日絶対返すから!」

「必要ない」

「ちゃーじで返すから!店員さんに言えばいいんだよね?せんえんちゃーじしてくださいって!」

「朝練があるのにわざわざコンビニに寄る必要など無いだろう」

「しーちゃん朝練あるならエディ使わないよね?ならカード貸して、私が学校行く時チャージするから」

ぺちぺちと汗に濡れたTシャツ越しに背中を叩いてみるものの、華麗にスルーをかまされた上に自転車がギィとブレーキ音を立てて止まる。私の家に着いたらしい、早く降りろと言われたのでそそくさと自転車を降りるとご丁寧に自転車の鍵まで掛けてくれた。

「金もチャージも必要ない。ただ、これは駄賃として貰っていくのだよ」

「あ、」

がさがさとビニール袋を漁ったしーちゃんが取り出したのは明日差し入れとして渡そうとしていたおしるこの缶だった。それは明日の分と言い返しかけたものの、やめておいた。目の前で汗だくになってまで来てくれたのに、言える筈がない。黙った儘何も言わない私に肯定と取ったのはおしるこを抜いたビニール袋を私に押し付けるとしーちゃんは顎を伝う汗をTシャツの袖で拭いながら隣の家へと帰って行ってしまった。

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