テレビ局での騒動の後、侑子の顔馴染みである占い師のおばあさんに引き取られ身辺の整理を一通り終えた小羽は名前に会う為にいつもの公園を訪れていた。しかし、其処に名前の姿は無く小さく息を吐き出した小羽の両肩をそれぞれ違う優しさを持った手がぽんと叩く。
くるりと振り向けば小羽をあのどうしようもない悪循環から救い出してくれた男子学生が二人、小羽の顔を覗き込んでいた。

「小羽ちゃん、もう腕の怪我はいいの?」

人の良い笑みを浮かべて小羽の左腕を指すのは四月一日君尋。小羽と同じこの世のモノではないものを視る小羽に良く似た、でも全然違う男。四月一日が左腕を指差したのはテレビ局で騒動を起こす前に階段から"落ちて"怪我を負い長らく腕を満足に動かせない生活を送っていた事を知っていたからだ。

「平気。もう痛くないよ」

ふるりと頭を振って微かに笑んだ小羽に破顔した四月一日は寒いし何か飲み物買ってくると言って公園内に設置されている自販機へと機嫌良く走り去ってしまった。
そんな四月一日の背中を眺めていると今まで沈黙を保っていたもう一人の男子学生が口を開いた。

「アイツは逝ったのか」

多くは語らず呟きを漏らしたのは百目鬼静。祖父が憑き物落としをやっていた筋金入りの祓いの能力を持つと同時に弓道部に所属。大会の優勝常連としてその名を知らしめ寡黙な見た目も相まって女子からの人気は高い。
そんな百目鬼の呟きを聞き取った小羽は静かに目を閉じた。百目鬼に何も聞かずとも全て分かってしまった。この場所に未だ残る名前の微かな思念が小羽の頭に流れ込んでくる。名前が最期まで解くことの出来なかった疑問の答えすらも。

「友達だった」

「……アイツがか」

唐突に主語の無い言葉を発した小羽に百目鬼は暫し思巡していたが、自分の呟きに対する返事と気付けば小さく頷いて小羽と同じように公園の一角へと視線を向けた。
百目鬼は実体の無い矢を射ってこの世のモノではないモノ―アヤカシ―を退治出来る。しかし彼が矢をつがえるのは人間に危害を与えているアヤカシや四月一日のバイト先の店主・壱原侑子に指示された時のみだ。自分が見た限り名前には危害を加えるような存在では無かったと思う。首を捻る小羽に百目鬼は静かに目を閉じ右の瞼へと指を這わせた。

「アイツがチラチラ見てたのが視界に入ってきた。ソイツからお前の気配がしたから怪我の原因もソイツなんじゃないかって心配だったらしい」

今となっては昔の話。ひょんな事が原因で四月一日の右目は視力を失い、代わりに百目鬼は自分の右目の視力の半分を四月一日に分け与えた。その頃から四月一日の感情が大きく揺れた時、百目鬼は四月一日の視界を右目を通して見れるようになった。
それの影響か、百目鬼にも名前の姿が見えていたらしい。

「調べたら去年此処で轢き逃げ事件があったんだと」

「きっと、死んだ事に気付いてなかったんだと思う」

「…俺の形だけの念仏じゃ成仏しきれないと思った」

目を閉じた百目鬼の瞳は暗闇しか映さないが、小羽の瞳には侑子と対峙し徐々に身体を綻ばせて消えていく名前の姿が確かに映っていた。こはね、そう唇が動くのを見て小羽は自分の胸がきゅうと締め付けられる。
出来れば自分が祓いたかった。でも友達になってしまってからどうしても力を使う事が出来なかった。何も出来ず足踏みをしている間に小羽は祓う能力を失い、結局名前は侑子によって祓われてしまった。

「…私、これを待っていたのかもしれない」

事を締め括るように呟きを漏らした小羽の声を百目鬼はじっと聞いていた。何も言わずともきっと彼なら分かってくれる筈だと信じて。遠くからミルクティーの缶を三つ抱えた四月一日が走り寄って来る。

「さよなら、名前」

今度は、人間の貴方と出会えますように。
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