ザ、と地を踏む音が背後から響く。
何事かと後ろを振り向けば二つのバトルフィールドにいた二人のトレーナーがグラウンドの隅へと移動している所だった。
と、同時に私の目の前に影が降ってくる。彼が朝礼台から飛び降りて膝についた砂埃を払っていた所だった。

「改めて初めまして。僕はヒオウギジムリーダーのチェレン。君の名前は?」

「……名前です」

「名前、君のポケモンはよく育てられている。正直、この儘バトルに入ったら僕は負けるだろうね」

ボン、ボンとチェレンの足元にミネズミとヨーテリーが出て来て様子を伺うように私の方を見つめてくる。
チェレンの手持ちについてはチェレンを倒した事のあるトレーナーが少しだけ教えてくれた。取り敢えずそこそこ育てていれば大丈夫、との事。もしその話が本当ならば、シンオウチャンピオンを倒した私の手持ちならばぶっちゃけ勝ってしまうだろう。

「此処は初心者のトレーナーが多く集うから、君達のように他の地方からやってきたトレーナーからはナメられがちなんだ」

バレてた。何が原因でバレてしまったのかと自分の身なりを確認していると、チェレンは微笑みながら自分について聞き込みをしているトレーナーが居る事を聞いたと話してくれた。ああ、そういえば何人かの女の子はチェレン先生はイケメンなのはイッシュ地方のトレーナーの間での常識、なんて言ってたっけ。

「だけど」

二体の小さなポケモンはチェレンによってボールに戻っていく。代わりに取り出したボールは先程持っていたボールとは違い何度も何度も握って掴んで投げて、投げて投げて投げて投げて。ひたすら投げ続けたせいで細かい傷が沢山付いていた。
何度も自分の前に立ちはだかる壁を乗り越える為に共に乗り越えて来なければそんな傷は付かない。それは壁を乗り越えた者にしか分からない、そんな傷の付き方。

「僕は君の壁となりたい」

傷が付いたボールが宙を舞う。
“ジムリーダーだって一人のポケモントレーナーなのよ”、いつかのシンオウチャンピオンはそう言って笑っていた時にはどういう意味は全く分からなかったけれど、今ならその気持ちを理解出来るかもしれない。
陽射しを反射する朝礼台の眩しい光の中、チェレンの表情はジムリーダーとしての誇りとポケモントレーナーとしてのバトルを楽しもうとする二つの感情が入り混じっていた。

彼が私の壁となるならば、私はそれを迎え入れた上で乗り越えてしまおうじゃないか。

鞄からボールを取り出す。手持ちのどの子達の中でも最も使い古されていて、最も傷付いたボール。
これが私の大切な相棒。
一番最初に仲間になって。
孤独だった私を包んでくれて。
この世界の住人ではない私を受け入れて。
信じてくれた。頼ってくれた。
何度も傷付けて、何度も瀕死にさせてしまって。それでも彼女は微笑むだけで何も言わなかった。
色んな壁を乗り越えて、彼女は私を信頼してくれているし私も彼女を誰より信じている。

私の手から離れたボールが宙を舞う。
傷だらけのボールが二つ、太陽の光を受けてきらりと煌めく。
同時に互いに睨み合うポケモンがニ体。

「行け、ムーランド!」

「行こう、グレイシア!」

ムーランドの特性いかくが発動して一瞬グレイシアは怯んだように身体を揺らすも、直ぐに私の腰辺りまである水色の体躯がぐ、と四つの足を縮めて走り出す準備をする。大丈夫、グレイシアは元々攻撃力は低い。いかく持ちの相手が脅威になるのは今の手持ちならばジュペッタくらいだ。
あとは、私の指示一つだけ。

「グレイシア、みがわり!」
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