中学生達は来週からアンダーセブンティーンの合宿へと向かう事になったらしい。幸村や比嘉の皆さんからメールで報告を受けたが私は生憎その合宿とやらには参加しない。文化祭の為の絵を仕上げる為に三日間眠らずに筆を走らせていた為、既に腕が上がらない程身体は疲弊しているからだ。それに腐っても私は受験生であって勉強を放ってまで合宿に参加する義務はない。光含め白石達はそれなりに名を知らしめた全国区プレイヤーでありテニスの経歴で推薦が通るかもしれないが、たった一年にも満たないマネージャー業では推薦も何も受かるわけがない。凡人にとって世の中は常に厳しいものなのだ。
美術部のブースのど真ん中に飾られた自分の絵は気恥ずかしくて見る事が出来ず、絵を避けるように足早に階段を上がりいつも光とつるむ時に使う場所へと向かう。自分のクラスでも何か出し物をやる予定だったらしいが私はずっと絵と向き合ってああでもないこうでもないと悩みに悩みぬいていた為結局何の出し物をしているのかすら把握出来ていない。後で渡邊先生に謝っておかなければならない、そう考えながら屋上の扉を開け放つと同時に階下が騒がしくなった。女の黄色い声と、複数の男が誰かを探す声。

「メリー!」

聞き間違える事なんてない。部を引退してから暫く顔も見ていなかったテニス部のレギュラー達の声がした。ばたばたと騒がしく階段を駆け上がる足音を聞きながら屋上に足を踏み入れると勝手に動いて閉まり掛けていた屋上の扉が鈍い音を響かせながら再び開いていく。

「先、輩…!」

ドアに手を掛けた光が弾む呼吸の合間に言葉を紡ぐ。それに続くかのように白石、忍足、一氏くんに金色くん、小石川くん、千歳くん、石田くんに遠山くんが順々に屋上へと入って来た。レギュラー勢揃いでテニス部の出し物はどうしたんだ、まさかサボったのか。そもそも引退した三年レギュラー達がテニス部の出し物に参加している事に疑問を抱きぼんやりと皆を眺めている私に痺れを切らしたのか、すっかり顔を合わせなくなったレギュラー達の中で光の次に会う頻度が高かった白石が口を開いた。

「力作やったな。皆誉めとったで」

「美術の先生にも絵画コンクールに出したいって言われた」

結局巨大カンバスに光を描く事は無く、四天宝寺のレギュラーが円陣を組んでいるのを下から見た絵をアクリルガッシュで描いた。最初、カンバスに描いていたのはボールを追う光ただ一人だったというのに清書を終えパレットに絵の具を出してさあ色塗りだといった所で私がカンバスに塗りたくったのは清書した光を塗り潰す白だった。

「もう少し、皆と一緒に居たかったかもしれない」

カンバスには"親友"を書きたかった。どうしても"親友"が描けなかった。清書を終えたカンバスの中にいる光をどうしても親友として見る事が出来なかった。だから"親友"の次に描きたかった"仲間"を描いた。沢山の時間を掛けて皆が白石が築き上げてきた固い結束、そこに私も加わりたかった。スクラムを組んで円陣を作る彼等の輪の中に入りたかった。
語るには長すぎるのでいくらか省略して皆を描いた理由を話せば白石の目尻が僅かに和らいだ。

「おったらええやん。高校でも一緒に」

「え?」

高校。冬が近付いてから毎日のように繰り返し聞かされる言葉を白石の口から聞くのはとても新鮮に感じた。白石の思わぬ言葉に首を傾けるといつものように包帯が巻かれた左手が屋上に流れる風に揺れる髪を押さえた。

「皆同じ高校目指しとんねん、テニスがいっちゃん強いとこ。メリーも来たらええ。財前と金ちゃんが来たらまた皆でテニス出来るで?」

「勝手に後輩の進路決めんで下さい」

「アホ抜かせ、俺等と同じ高校志望してるん知っとんねんぞ」

テニスが強い高校といえば四天宝寺高校しか覚えがない。不快そうに眉を寄せた光とギロリと光を睨む一氏くんの一触即発の空気の中、私は実に空気を読めていない台詞を口にしてみる。今すぐ確認したかった。白石が放った言葉の意味を、真意を、意志を。

「わ、私も、一緒に居てもいいの…?」

指先が震えるのを隠す為に学校指定ではなく安物のカーディガンの裾をぎゅうと強く握り締めながら問いを投げれば、光の後ろに控えていた金色くんがあらやだ!と男にしては甲高い声を出して一歩前へと歩み出てきた。

「ずっと一緒やったんに今更何言うてんの!」

金色くんの言葉に同意するかのように他のレギュラー陣もうんうんと首を縦に振っている。つまりその、そういう事なのか。私はまだ皆と一緒に居てもいいのか。幸村という居場所を無くし光の親友という居場所を得て、その親友ポジションを自分の足で踏み潰しても尚皆は私の居場所を与えてくれるというのか。

「先輩、俺すぐ追い付きますから」

光、光。ごめんね、私とうとう君を裏切ってしまった。もう君を親友として見る事が出来ない。自賛しているわけではなく、頭の中に浮かんだ光をその儘カンバスに描いた時、あまりの綺麗さと眩しさに一瞬我を忘れてしまっていたくらいだった。睨み合っていたカンバスの中の光が親友として見れなくなってから数日して、今度は現実の光も親友として見る事が出来なくなった。私の目の前で照れたりはにかんだり、不安げ私を見つめる私の目の前の人間は"親友"ではなく"想い人"へと変わっていた。
光から与えられる言葉が温かくて優しくて、嬉しく感じるのはきっと光を親友としてではなく一人の男として好きなのだからだと。親友という一線を軽々と越えて来る愛しい感情を抑えつけるように戻りましょうと言って差し出してきた光の手を握り締めた。

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テーマ「人外ファンタジー」
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