プァーッ。
文字に書き起こしてみると存外阿呆らしい音だが、周りの雰囲気は至って暗い。
黒に身を包む人々は皆知っている顔もいれば初めて見た顔もいる。大勢の人達に見送られて黒塗りの車は門を出て行く。今日はお葬式の日であり、冒頭の間抜けな音は霊柩車が鳴らしたクラクションである。

「斎場に移動していただくのは身内の方のみです」

最前列に立つ身内達に淡々とした口調で伝えるプランナーの方をぼーっと見ながらスカートの裾を弄ぶ。葬儀に出るのに四天宝寺の制服はこれでもかという位に目立つ。新たに買ってもらった黒い服達はこの儘クローゼットの奥深くに仕舞われるんだろう。真新しい洋服の匂いを感じていると後ろから名前を呼ばれた。お母さんだ。

「お母さん達、これから焼き場に行くけど名前はどうする?」

私の顔を覗き込んで来るお母さんの顔は少しだけ不安気に揺れていた。理由は分かりきっている。甘やかしてくれるのなら、甘えておこう。私はゆっくり首を横に振った。

「ちょっと遠慮願いたいかな」

火葬から納骨までは近くを散歩して時間を潰せばいいと思った。
不安がるお母さんの背中を押してお父さんに押し付ければ、漸くお父さんがお母さんの肩を抱いて門を出て行った。
二人の目に映る私は、未だに三年前の幼い自分なのだろうか。

「名前」

砂利を踏む音と共に後ろから中性的で柔らかい声が私の名前を呼ぶ。顔だけを動かして後ろを振り替えれば立海の制服をきっちり着込んだ精市が一人佇んでいた。
ちょっと歩かない?と微笑みながら首を傾ける精市に断る理由はないので素直に頷いた。そうだ、そういえば此処は神奈川だったなあなんて気付くのも今更だった。

「驚いたな…ご両親が来るのは聞いてたけど、まさか名前も来てたなんて」

「それ他の親戚にも言われた。かよちゃんとか」

「かよこさん、今妊娠六ヶ月らしいよ」

「リア充爆発しろ」

何も変わっていない道を精市とのんびり歩きながらぴゅう、と吹き付ける寒風にぶるりと身体を震わせた。無事合宿も終了し、三年生の私達は本格的に部活から受験モードへと移行しつつある。
そんな大事な時期な中、私が大阪から神奈川まで足を伸ばしたのは身内が亡くなりその葬儀へと参加したからだ。宛ても無くゆったりとした歩調である精市は何も言わずに黙って微笑んでいる。

「俺、ぶっちゃけあのおばさんが嫌いだったよ」

すごい事ぶっちゃけたよこいつ。
あのおばさん、というのは間違いなく桐の棺桶の中で永遠の眠りに就いているおばさんの事だろう。葬儀の当日に何言ってるんだと言いたげに精市を見上げれば、彼は薄い唇をすぼめて叱られて言い訳を並べる子供のようにだって、とごねた。

「アイツのせいで俺達ばらばらになったんだよ」

「ばらばらって…疎遠と言え。どっちにせよお父さんの転勤は決まってた事だし、仕方なかったんだよ。おばさんの小言はいつもの事だったし」

あのおばさんは身内の誰よりも精市の才能に期待をしていた。だから普通より毛が生えた程度に絵が描けるだけの私が当然のように精市の隣に居たのが気に食わなかったのだろう。対抗するように自分の子供に絵を習わせて精市に近付けさせようとして逆に精市にキツい言葉で突っぱねられて。
思えば一番の被害者はおばさんの娘さんなのかもしれない。精市がトラウマになっていなければいいが…確か今日の葬儀にも出席していた筈。顔は、……もう思い出せない。

「あのおばさんの娘さんに会ったよ」

「今は高校生、だっけ」

「うん、何か変な事を聞かれたよ」

「ふぅん」

「……名前ちゃんとまだ仲良いの、って」

「……」

「だから昔からずっと仲良しだよぶっちゃけ結婚したいけど俺達血が繋がってるしちょっと他の人の養子になってくれないかなとか思ってるんだはははって返したら泣かれた」

「おい待て激しく待て」

全てにおいておかしい。
私が大阪に行ってから遠征まで疎遠だったし、結婚もしないし私は養子に行く予定はないしそもそもの大前提として私とアンタは付き合っていない!、と鼻息荒く力説した所で俺様何様精市様にはただの戯言にしか感じなかったのかフンと鼻で笑われて一蹴された。

ああ、成る程。親戚一同が驚いていたのは私が亡くなったおばさんから色々言われていたせいで苦手意識を抱いていると思われていたのか。辿り着いた懐かしい公園のブランコに二人で座り納骨が終わる夕暮れまで進路の事や合宿の事についてぽつりぽつりと言葉を交わした。

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