「メリーやんか。なにしてん」
気持ち良い位に晴れ渡った空の下。じゃばじゃばと絶え間無く水が循環している噴水の縁に座って早弁しようとフルーツサンドにかぶりついていると、ジャージ姿の小石川くんに話し掛けられた。フルーツサンドを咥えた儘片手を上げると長袖のジャージのポケットに入れていた手を出してハイタッチをしてくれた。何をしているのかと尋ねられれば、早弁であると正直に答える。今日はひっつき虫がおらへんなと言われた所で何をしているのかという問いは即ち光は何処やねん、と。そう聞きたいらしい。
「……一氏くんに拉致られた」
「ユウジに?何でまた」
「金色くんが心配だから見に行くんだってさ。光を連れて行く理由は分かんないけど…皆で渡れば怖くない、みたいな感じじゃないかな」
フルーツサンドを噛み切って嚥下している間に私の隣に座った小石川くんはそういやユウジは呼ばれんかったもんな、と苦笑いを浮かべて私の唇を指差してパン屑がついていると指摘してくれた。小さく会釈して礼を言いつつ口端を手の甲で拭ってパン屑を処理してから改めて小石川くんを見上げる。穏やかそうに笑う横顔はいつも通りの彼だが強いて感じる違和感を挙げるとするならば小石川くんが此処に居る事自体が其れに値するだろう。季節は十一月、アンダーセブンティーンの合宿の開催に伴い四天宝寺中テニス部レギュラー達もほぼ全員招集を掛けられ、皆意気揚々と合宿所へと向かっていった。確か小石川くんも招集メンバーに含まれていた筈だが、はてさて。
「そういや小石川くんは何で合宿行かなかったの?アンダーセブンティーンだっけ、高校生も居てスキルアップには良いと思うんだけど」
「あー…まぁな」
「もしかして受験不安なの?大丈夫だよ、四天宝寺はこれでも頭良い学校だし」
「いや、な…。…此処だけの話やねんけど」
もきゅっ。思わずフルーツサンドを咀嚼する動きが止まる。言葉の選び方にあまり良い雰囲気が感じられず私もつい身構えてしまう。そんな私の様子に気付いてか、気付かずか小石川くんは一度辺りを見渡して誰もいない事を確認してから眉を下げながら静かに胸に秘めていた本音を語り出した。
「俺、皆とは別の高校行こう思てんねん。テニスも辞めるつもり」
「えっ」
「……皆に比べたら俺はそんなに強おないし。今回合宿行かんかったんは高校の下見と、先生達に推薦の判子貰いに回ろ思て。白石達が居ると何か気まずくてなあ、今しかないと思て」
小石川くんの告白に私の頭の中は一瞬綺麗さっぱりフォーマットされてしまった。背後でざあざあと流れる噴水の音でやっと意識が戻って来る頃には小石川くんの困ったような笑みは元の微笑みに戻っていて、まるで今話された事は私の夢の中の話だったんじゃないかという位彼の表情は穏やかそのものだった。
◇ ◆ ◇
合宿に行った白石からの忍足や遠山くん、金色くんが脱落し一足先に大阪に帰ってくるという旨のメールと、忍足からの合宿から追い出された、所謂負け組達は今ミフネというおっさんの元で特訓を始め一氏くんと光も負け組の方に合流したという旨のメールを読み終えてから私は小石川くんのクラスへと足を向けた。生徒達の喧騒など何処のクラスでも変わりはない。ワンピースタイプの制服の裾を弄びながら既に帰宅したか委員会に行ったと思われたが、意外や意外に己の席でぺらぺらな紙と睨めっこしていた小石川くんがいた。前の席の子の机に座れば反射的に顔を上げた小石川くんはよもや座った主が私である事に呆けた表情を浮かべていたが、構わずに私は静かに口を開いた。
「やっぱり皆にちゃんと言った方がいいよ。四天宝寺高校に行かないのは小石川くんのテニスが弱いだけじゃないんでしょう?小石川くんにやりたい事があって、それが四天宝寺高校じゃ成せない事ならきっと皆納得してくれるよ」
「……せやろか。金ちゃん辺り、駄々を捏ねそうやねんけど」
「困った時の白石くんですぜ」
ぐっと親指を立ててドヤ顔をしてみればつられるようにして笑みを浮かべた小石川くんは少し考えるような素振りをしてから吹っ切れたようによっしゃ、と呟いてがたりと椅子を鳴らして立ち上がった。
「せやな、いきなり言うて混乱させてもあれやし先ずは白石に言うてみるわ。メリーに話して良かった、おおきにな」
「感謝するなら金をくれ」
「マクドでアップルパイでも奢ろか」
「オナシャス!」
「何語やそれ」
その日の夜、私はベッドの上で正座しながら白石と同室らしい幸村から白石の携帯を使って立海への熱烈な勧誘を数時間に渡って受ける事となった。これがフラグだと気付くのは一ヶ月程後の話となる。
オナシャス→お願いしますの短縮語。有難う御座います→あざーすみたいな感じ。