「あんなにテンション高い名前、初めて見た気がした」

何だか自分の名前じゃないような気がする。己の名前に対してそう呟いた私に幸村は何も言わず空に向かって昇る龍の如く荒々しい花を描いたあの日のように、ただ静かに寂しそうに微笑んだ。
全国大会が終われば各々の学校もまた、在るべき場所へと帰らなければならない。神奈川に住む幸村も、大阪に住む私もまた然りで東京から神奈川までの新幹線の中で幸村と最後の時間を過ごしている。神奈川から大阪に引っ越した時に初めて新幹線に乗り、滑るように流れていく景色を見た時は感動したものだ。
四天宝寺の部員四十八人と立海の部員五十ニ人の計百人プラスうちの顧問がひしめく三つの車両を抜け出し、車両と車両の間にある通路で固く閉ざされたドアを幸村と二人で見つめている。昔は仲良く肩を並べていたのに、幸村は三年間疎遠になっている間に色々な事を乗り越えて背丈も精神も強くなった。

「お前もやっとスタート地点に立ったんだ。早く追い付いてきなよ」

立海の皆が降りる駅のアナウンスが流れると五十人の部員に指示を出さねばならない幸村は壁から離れて足早に去って行った。どうやら私はスタート地点に立ったらしい。真っ白で真っ直ぐなラインを頭の中でイメージしてその先を見据えてみる十、二十、五十、百、あぁ、その先は見えない。遥か地平線まで続いている道のゴールとは一体何を指しているのだろう。ゴールすれば私も幸村のように成長出来るのだろうか。

緩やかに速度を落としていった新幹線はやがてホームで停まり開いたドアが開く。今戻っては立海の人達の降車の邪魔になるので開いたドアとは反対のドアに寄ってぼんやりとしていると、貸し切りとプリントされた車両から出て来た真田さんと柳くんから降りていく際に連絡先が書かれた紙と「行雲流水」と書かれた書を貰った。半紙サイズの紙に堂々と書かれた其れを眺めているとぞろぞろと出て来た立海のレギュラー達が揃って「お前も真田の書を貰ったのか」と呟いていた。真田の書って何それ、ご利益有りそうだし大切に持って帰ろう。
最後尾に出て来た幸村は私の手にある真田の書を一瞥してから穏やかに笑い「じゃあ」と短く別れの言葉を口にしてドアをくぐっていく。

「またね」

自然と唇から零れた言葉は発車のベルに掻き消えて自分でも聞こえなかったと言うのに幸村は弾かれるように私を振り返った。その表情は、言うなればきょとん。そんな感じ。幸村が何か言おうと唇を開いた瞬間に無情にもがこんと音を立ててドアが閉まった。

「精市」

三年ぶりに口にした名前は声にしては小さく、独り言にしては大きかった。せいいちくん、待って、せいいちくん。どうしたの、しょうがないなあ名前は。幼い頃何処に行くにも二人で手を繋いで歩いていたのを思い出す。今からでも、間に合うだろうか?いや、その答えは既に出ている。だって幸村は確かに「早く追い付け」と、そう行って昔のように私の進むべき道を示してくれたのだから。
…次会う時には面と向かって名前を呼べたらいい。もっと言えば昔の事を謝ってお礼を言いたい。更に言えばあの時の礼も言いたい。

「たすけて」

幸村にスケブの一撃を貰う切っ掛けになった、ベージュが霞む視界の中で泣きそうになってしまうのを堪えて掠れた声で紡いだ言葉を拾ってくれた事を。


貸し切りの車両に戻るとヘッドフォンを付けた光が苛立たしそうに腕を組んで窓の外を眺めていた。機嫌が悪いのは低血圧で眠いせいだろう、ぽっかりと穴が開いたかのように空いている隣の席に腰を下ろすと一瞬の間を置いて光の頭が肩に擦り寄ってきた。真田の書をスケブに挟み、持参していた文庫本を開いて読みかけのページに挟まれた栞を取って続きを読み始める。

「先輩」

「何処にも行かんで」

耳元でヘッドフォンを外した光が紡ぐ言葉は、甘く強く私を縛り上げていく。ねえ光、私は光の事を大事な親友だと思ってるけど。光は私の事どう思ってる?
それを聞く勇気が、まだ私の中には無かった。

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