始業式まであと片手の指でも余る位に迫った今日は爽やかな晴天に天高くそびえている入道雲が映える、そんないつもと変わらない一日。
数人の女子が行き交う美術室の片隅でカンバスと向き合う私の携帯が震えた事により暑くて静かな一日は一気に喧騒へと変わる。

「今な、レギュラーと「しらいしー!ワイもしゃべるー!」してんねん。財前のやつ「イダダダダ財前痛い!俺仮にも先輩やからな!!」やし、メリーも今から「小春ぅ!俺と一緒に恋の勉強せえへんか?」「黙れや一氏ィ!」来んか?」

「ほんとお前等騒がしいな。黙れば死ぬのか?そうなのか?」

夏休み中とはいえ学校で電話に出て良いものかと一瞬悩んだのは数秒程で、振動する携帯の通話ボタンを押せば着信元である白石の声に被さるように奴等が騒いでるのが聞こえてきた。カンバスに視線を向けながら鉛筆を握る手に力を込めれば白石が堪忍なーとかちょおどいてなーとか言ってばたばたとした物音を響かせた後、一気に電話の向こうが静かになった。どうやら皆が居る所から離れたらしい。改めて電話を掛けてきた理由を説明してくれた。忍足の家で皆で勉強会やっとる、財前はお前が居らなやる気出んと言い出した、どうせお前も暇やろうし今から来いや。簡潔にして無駄無く完璧に纏められた用件に断る気力も無くなった。

「いいよ。で、忍足の家知らないんだけど」

「ケンヤに迎えに行かせるわ。今何処におんねん」

「学校。美術部の絵描いてた」

「はは、そやったか。絵進んだか?あの時は真っ白やったやんか」

あの時。保健委員の会議をサボって白石が私を迎えに来た日だ。
白石は本当に頭が良い。周りに常に気を配っていて、でも自分自身とも向き合うのも忘れない。不器用な私には彼のような生き方は出来ないんだろうな、そう思えば何だか白石が誇らしく思えてきた。

「あのさ」

「ん?」

「私、白石と会えて良かった」

感じた事を素直に言葉に出してみたら電話の向こうの白石が黙ってしまった。ついでに言えば後ろにいる美術部員達の視線が背中に突き刺さる。

「でも寝る時パンイチなのは辞めた方がいいよ。マジで一生童貞だぞお前」

「ぶはっ!おま、何で知っとっ」

電話の向こうで白石が何か喚いていたが構わず電話を切ってやった。はてさて、浪速のスピードスターが来る前にさっさと片付けねば。えっ、パンイチ?えっ、童貞?と美術部員達の間でひそひそと囁き声が交わされる中、私は聞こえないふりをしてカンバスを下ろし木製のイーゼルを解体していく。机に置かれたカンバスの色は空に浮かぶ入道雲のように真っ白な儘だった。


「忍足、コンビニ寄っていい?お土産買わないと主に白石にしばかれそう」

「お前、何しでかしたんや」

「袖の下的な」

「何か弱味でも握られとるんか」

真ん中にどでかい星がプリントされた眩しい黄色のTシャツにジーンズ姿という中学生らしい私服姿で学校の周りをうろちょろしていた忍足を捕まえ忍足の家へと向かう途中、目に入って来たコンビニを指差せば忍足が怪訝そうな視線を向けてきた。コンビニに入ってすぐ、目の前の棚に陳列されているグッズに目が引かれる。同じように忍足も目を引かれたらしく感嘆の声を上げて棚の前に屈み込んだ。最近コンビニでよくやっているハズレ無しのくじ引き、今回はジブリのキャンペーンらしい。A賞のトトロとB賞のねこバスが一際存在感を示している。

「ジブリやな、千歳が買い占めそうやな」

「千歳くん、ジブリ好きなんだ」

なら一回やっていこうかな、とくじの紙を一枚持ってコンビニ内を見て回る。白石のお土産にさけるチーズのプレーン味、光のお土産にいちご大福を買って後は適当に皆が摘まめそうなお菓子を籠に放り込んでいく。レジでくじの紙を一緒に出しつつかき氷のマンゴー味を頼む。かき氷機が大きな音を立てて稼動する中、渡された箱からくじを一枚引きぺりぺりと剥がせばC賞と書かれていた。惜しい、もうちょっとねこバスかトトロだったのに。しかしながら店員が持って来たC賞の景品を見てちょっとだけいいなあと思ってしまった。C賞は耳すまのバロンのアンティーク人形だった。

「何当たったん?」

「バロンフィギュア」

「すごいやん、あれごっつリアルやったで!カオナシのマスコットとかやなくて良かったな」

レジ袋は然り気無く忍足が持ってくれたので、バロンフィギュアが入った袋を揺らしながらかき氷を口に運ぶ。忍足は隣で六十円のバニラアイスをスピードスターの名に恥じぬ速さでぺろりと平らげると、ハズレやと不満気に呟いては近くの公園のゴミ箱に棒を捨てていた。然り気無く荷物を持ってくれたり、ゴミはゴミ箱に捨てるという律義さは育ちの良い証拠だ。

「忍足のくせに」

「えっ」

「すまないねつい本音が」

「いやいや、本音って何やねん!?ごっつ気になるやんけ!」

「あ、メリーさんだ」

「ギャァアアアア」

スピードスターは走れませんでした。何故ならメリーはスピードスターの襟首をしっかり掴んでいたからです。そんな物語調の文章が頭の中を流れていく、忍足はしゃかしゃかと漫画のように足を動かしている。首根っこを掴んでいるせいで微妙に宙に浮いている。

「ギャァアアアア」

「忍足煩い」

「お前が言うと洒落にならんねん阿呆!全国終わった夜に無言で電話掛けてきたん絶対お前やろ!」

「何の事だかさっぱり分からん」

寝惚けていたのから次第に慌てふためいていく忍足の様子は本当に面白くてつい録音してしまった。卒業式辺りに暴露ネタとして放送室からあの音声を流したい。本当、忍足侑士から電話番号を聞いておいて良かった、因みに無言電話に恐怖する忍足の音声データは電話番号の対価として忍足侑士にも渡した。その慌てっぷりに普段からポーカーフェイスの忍足侑士も腹を抱えて笑ったそうな、良かったね忍足。暫く歩いた所で忍足が此処が俺ん家!と言って指差した一軒家は何処からどう見ても立派な一軒家でした。

「忍足のくせに」

「またそれかい」

かき氷を食べる手を止め夏の日差しから逃げるように忍足の家へと入る。広い玄関に並んだ色とりどりのスニーカーに混ざってローファーを脱いでいると壁に掛かった振り子時計が三時を知らせる鐘を鳴らす。学校を出た時は二時辺りだったのに随分時間が掛かったなあと感じた所で漸くかき氷を食べる私の為に忍足が歩くスピードを抑えてくれていた事を悟り、私の分のグラスを取って居間から出て来た忍足の背中に軽く頭突きをかました。

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