▼ メリーは財前光のいなぐなの?

バスローブ姿で戻って来た跡部くんは私の肩に居座っている忍足謙也のイグアナを見るなりぎょっとした顔をしていた。すっかり足の調子を取り戻した私は跡部くんに礼を言い椅子から降りて周りのテーブルを散策する事にした。

立海のテーブルでは赤い髪の人ともじゃもじゃ頭の人と仁王くんが揃って"さにゃだ"コールをしていて、ぶるぶると拳を震わせて今にも噴火しそうな真田さんがこめかみに青筋を立てていた。柳くんと幸村に料理を食べさせて貰ってからテーブルをそそくさと離れた。仁王くんの視線がナイフのように鋭い。まだ弁当の件を根に持っていると思える。

青学のテーブルに行けばこれまた元気そうな二人組に絡まれた。「桃、触ってみなよー」「エージ先輩、怖いからってずるいっすよ!」と私を挟んでわいわいやってるものだから思わず顔をしかめてしまうと手塚くんが二人を一喝して助け出してくれた上に隣にいた美男子を紹介してくれた。美男子こと不二さんは青学の天才と呼ばれていてカウンターと呼ばれる返し技を数種類会得しているらしい。
肩にいるイグアナをそっと撫でながら白石によろしく言っておいて、と不二さんは微笑んでいた。そういえば準決勝で不二さんは白石と試合してたっけ。今日は部屋に置いてきたスケブに描いた白石の試合風景を思い起こしつつ私は青学のテーブルを離れた。

氷帝のテーブルでは四天宝寺のテーブルから戻って来ていた忍足侑士がさっきぶりやな、と手を上げて挨拶してくれた。「重かったやろ」と笑いながらイグアナを抱っこしてくれたお陰で憑き物が落ちたかのように肩が軽くなった。手慣れた様子でイグアナを抱き上げる忍足さんに周りのレギュラー達がざわめき、自分も触る抱っこするとわらわらと集まって来た。しましまかっこE!だとか主食は何食べるんですかねだとか楽しそうな声に囲まれてると案外氷帝生も普通なんだな、と感心すると共に自分が跡部くんを土台に失礼な固定概念を抱いていた事が何だか申し訳無く感じた。


「おっ、かわいこちゃん発見!」

忍足侑士にイグアナを押し付けた儘氷帝のテーブルを離れて直ぐ、黄緑色のジャージに身を包んだオレンジ色の頭の人に捕まった。可愛い子?何処だ、私も話し掛けたい仲良くなりたい。この数日むさくるしい男にばかり囲まれていたせいで、幸村が女性に見えるという本人に知れたらただじゃすまない禁断の末期症状が出つつあったので同じ性別の子に飢えつつあった。きょろきょろと辺りを見渡すも女の子の姿は見えず首を傾けるとオレンジ髪の彼はけらけらと笑いながら私を指差した。ああ、何だ私の事を言ってたのか。

「いい眼科を紹介しましょうか。と言っても大阪のですが」

「アハハ!君、すっごく面白いね!」

四天宝寺の誰かと付き合ってるの?跡部くんと仲良さそうだったけどどんな関係?ていうかぶっちゃけ俺とかどうかな?二回戦で負けちゃったけど俺達も結構強いんだよ?あっ、メルアド教えてよ!今携帯持って来るからさ!
私は今、マシンガントークという物を生まれて初めて目にしている。名前も知らない目の前の相手は言語の通じない人にするかのように身振り手振りで言葉を吐き出し、終いには私の返答を微塵も聞かずに山吹のテーブルへと戻って行ってしまった。

「……にりー…」

何だか厄介な事になった。仲良くもない人にメルアドを教えるのはどうなんだろう、というか背中から感じる殺気がやばい。メルアド交換なんかしたらオレンジ髪の人が光にシメられる。
ぽつり。深く溜め息を吐いて誰にも通じないであろう言葉で愚痴を漏らしていると唐突に後ろから手が伸びてきて勢い良く肩を掴まれた。早いぞもう戻って来たのかオレンジさん…!

「やー、今"にりー"って言ったか?」

掛かって来た声はオレンジさんの陽気な声では無い男性の声。そろそろと後ろを振り返ってみると其処に居たのは紫の長袖ジャージを着た男の子が私の肩を掴んでいた。肩まで伸びたセミロングの金髪が天井のシャンデリアに照らされて少しだけ眩しい。しどろもどろになりながら取り敢えず問いに対して首を縦に振ると腕を掴まれ身体を引かれた。えええ、これって拉致…!

「永四郎ー!くにひゃーうちなーぐち使うやまとんちゅーやさ!」

「騒がしいですよ平古場くん。何処のどいつです、ちょっと会場の外で話を……おや、貴方でしたか」

連れて来られたのは素敵ノースリーブさん達が集う比嘉のテーブルで、金髪さんに永四郎と呼ばれて振り返ったのはソーキソバを咀嚼する木手さんだった。木手さんに平古場と呼ばれた金髪さんは私から腕を離すと驚いたように目を瞬かせ私の顔を覗き込んできた。

「永四郎の従姉妹か何かか?」

「今日が初対面ですけど」

「先程跡部くんの所に居た時に挨拶に来た、それだけです」

「わったーにも自己紹介しれー」

「四天宝寺中、三年のメリーです。訳あって偽名ですが宜しくお願いします」

私の自己紹介の後、比嘉の人達も順に挨拶してくれた。副部長の甲斐さん、千歳くん位の身長の知念さん、ステーキをおかわりしまくっている田仁志さん、そして金髪ロングの平古場さん。変わり者が集う四天宝寺に居る私が言うのも何だが、比嘉のレギュラー達も随分個性的な気がする。よろしくなー、と比較的訛りが少ない甲斐さんと握手を交わしていると四天宝寺のテーブルへと視線を向けた平古場さんがうわあ、と面倒臭そうに顔をしかめた。

「やー、あにひゃーのいなぐか?」

「……違います」

あにひゃー、と言われ視線を向けた先には獲物を狙うスナイパーの如くじっとりした視線で此方を睨み付けてくる光の姿があった。最早一氏くんも忍足謙也も見て見ぬフリを貫いている。たまに石田くんが声を掛けて渋々会話を交わしているが、それでも此方を睨むのは忘れない。
視線を無視して比嘉の皆さんと再び向かい合うとふと向かいに立っている知念さんが料理に何かを垂らしていた。黄色みがかった液体が入った瓶のラベルが目に入った瞬間私のテンションが一気に上がった。

「こっ、こっ、こーれーぐーす…!」

「ぬっ、ぬーやが…?」

「生こーれーぐーすやっし…!わん初めて見たさー…すごいっ、これ本物だばぁ!?」

一気に知念さんとの距離を詰めて手元を覗き込むと瓶には確かにこーれーぐーすの文字が。食べるラー油ブームの時に知ったこーれーぐーすはスーパーやコンビニに並ぶ事は無く、ネットショッピングの経験の無い私は取り寄せも出来ずずっとどうやって手に入れようか思い悩んでいた所だった。目を瞬かせてたじろぐ知念さんの手元を見つめていると視界の端でさっと平古場さんが動いたのと同時に知念さんの手から瓶が消える。メリー、と呼ばれたので彼の方を向くとこれまた初めて見るミミガーサラダと蓋の開いたこーれーぐーすが。箸で器用にミミガーを摘まんで私の口元に運んでくる。

「うり、これかめー」

「ぐ…っ、辛っ!サラダ辛っ!」

「凛!入れすぎやっし!」

「で、でもまーさん…ミミガーまーさん…!」

「何か…馴染んでますね」

口に放り込まれたミミガーサラダに掛かったこーれーぐーすに悶絶しつつも沖縄料理を堪能していると、知念さんがきゅっとこーれーぐーすの蓋を閉めて私に差し出してきた。どうやら私に譲ってくれるらしい、瓶を受け取れば大きな掌でわしわしと頭を撫でてくれた。お礼をしたいので知念さんの連絡先を聞いたら平古場さんに携帯を奪われ、やっと返って来たと思ったらいつの間にか他の人の連絡先も一緒に登録されていた。

「うちなーに来る時は連絡しれー。案内してやっから」

散々振り回しておきながらも優しい言葉をくれた平古場さんに礼を言えばどぅしやっし!と甲斐さんが笑顔で言ってくれた。うちなーんちゅはやまとんちゅーには厳しいとか言ってるけど全然違うじゃないか。
ぶっちゃけ沖縄弁を勉強してたのは面倒な事になった時に使えば便利そうだなって些か不謹慎な理由だったし、こーれーぐーすを探していたのは忍足謙也への嫌がらせの為だったのだが。比嘉の皆さんの優しさに触れた私は隠居したら沖縄に移住しようと固く決意した。

メリーのうちなーぐち講座
いなぐ→女。交際している女。
にりー→面倒臭い
まーさん→美味しい
どぅし→友達

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