▼ スモールワールド

混沌とした空気の中で写真撮影を終えた私に跡部くんから打ち上げパーティーの写真係を命ぜられてしまった。デジカメ持ってる人なんて他にも沢山居るのに、絶対シャンパン噴いて格好悪いとこ見せた八つ当たりだ。
四天宝寺のテーブルに戻って絶頂している白石やギネス記録に挑戦するフードファイター並に口に食べ物を詰め込む遠山くんや、撮って撮ってとせがんで来るラブルスのツーショット等を撮っていると氷帝のテーブルに出張に行っていた忍足が氷帝のジャージに身を包んだ丸眼鏡さんを連れて戻って来た。取り敢えず叱っておいた。

「元の場所に返してきなさい」

「おかんか!」

「ツッコミ所ちゃうでケンヤ。俺拾われもんちゃうし」

「謙也、お前もメリーに毒されとるやんけ」

さっきから黙っていればコイツ等言いたい放題である。何だ毒されるって、別に変な事をした覚えはないし私はいつだって大真面目だ。私は毒にも薬にもならないぞ、と胸を張って豪語すれば丸眼鏡さんに「それ、自分で役立たずや言うてるで」と指摘されてしまった。実際マネージャーと言っても主な仕事は光の宥め役だったり蜂蜜レモンの差し入れだったりで、タオルやジャージの洗濯は基本的に選手達の自己管理だし姑の如く無駄仕分けをする白石がいるので私の仕事ははっきり言ってない。結局は同義である。

「で、こちらはどなた?」

「忍足侑士!俺の従兄弟やねん」

「よろしゅうな」

「メリーです、よろしくお願いします」

自己紹介を済ませた所で、さて困った。私はこの人を何と呼べばいいのだろう。既に忍足謙也の事を忍足と呼んでいる為、目の前にいる忍足侑士の呼び名が浮かばない。面倒なのでこの場では二人の事は贔屓無しに平等にフルネーム呼びでいこう。

「全然似てないね、私と幸村もそうだけど」

「そらそやわ、双子やあるまいし」

「ユーシと双子とかゾッとするわ」

「阿呆か、それは此方の台詞や」

「……うん、何か結構似てるね」

白石に忍足侑士の事を聞いたら氷帝の天才と呼ばれていて、試合中に心を閉ざすのが得意だと教えてもらった。なにそれこわい。
かたや渡邊先生から天才との評価を貰っている我が親友は私の背中にべったりくっついては「先輩近付いたらアカン声で妊娠する」などと言って私の身体をホールドしていた。声で妊娠?なにそれこわい。

やっとの思いで光を引き剥がして忍足家がやいのやいのやっているのを眺めていれば、手洗いから戻って来た石田くんが黒いジャージを着た男の子を連れて戻って来た。なんだ、なんなんだ、またデジャヴだ。私さっき同じような光景を目にしたばかりだぞ。忍足謙也に吐いた台詞をまた言わなければならないのか?くそっ、今日はとんだデジャヴデーだ!

「でも何でだろう、石田くんなら許せるや」

「メリーはん、これはワシの弟や。鉄よ…挨拶せえ」

「初めまして!二年の石田鉄といいます!」

「お…おぉ…!流石石田くんの弟さん…礼儀正しいね!」

白いバンダナを頭に巻いた石田くんの弟さんはとても素直ないい子だった。弟さんも石田くんと同じく波動球の使い手らしいのだがまだまだ石田くんのような波動球には至っていないらしい。兄さんを越えるのが目標なんです!と爽やかに笑う弟さんに何だか胸がじんと熱くなった。良かったね石田くん、自分を目標だって言ってくれるこんなに素敵な弟が居たら誰だって自慢したくなるに決まってる。
挨拶を終えて黒ジャージの集団の元へと戻って行く弟くんの背中を見つめながら弟いいなあと呟けば石田くんは僅かに苦笑いを浮かべて此方をぼんやりとした瞳で眺めている光を一瞥した。

「光はさ、私に依存してるんだよね。離れたくなくて、離れて行って欲しくなくて。寂しいだとか好きだとか行って私を縛り付けるんだ」

「……」

「甘やかすつもりはないけど、私が光の居場所になれるならなってあげたい。でも、結局最終的な居場所って"家族"だと思うんだよね」

忍足謙也の従兄弟である忍足侑士のように。石田くんの弟である石田鉄のように。

「わっかんないや。…私、ずっと流し素麺みたいな人生だったから」

此方に来たくてうずうずしている光に笑いながら視線を立海のテーブルに向けると、幸村の背中が見えてその向こうにいる仁王くんと目が合った、気がした。


▼ 動物王国

豪華な椅子の足は思ったより高く、私が座っても爪先がちょっぴり付くだけで気を抜けば直ぐに足が浮いてしまう。
シャンパンを噴き出した跡部くんが不機嫌そうにシャワーを浴びて来ると言った所から話は始まった。足が疲れたから座ってもいいかと尋ねれば鼻で笑いつつも席を譲ってくれた彼に礼を言いつつ豪華な椅子で束の間の女王様気分を味わっていると、後ろから肩にずしりと何かの重みが掛かる。光が寄り掛かって来たのかなと思って振り返ってみれば見慣れた顔が直ぐ近くにあった。忍足が飼っている、イグアナの顔が。

「…っ…!」

喉から出かけた悲鳴すら出ない位驚いてしまった。イグアナに顔を近付けた儘硬直している私を余所にイグアナを肩に乗せた張本人にして飼い主の忍足謙也はどや!と胸を張り、その隣にいる忍足侑士は「ほんまに懐いとる…」と丸眼鏡の奥の瞳を瞬かせていた。何事だ。

「どういうことなの…」

「前にユーシに俺のイグアナがメリーに懐いとる言うてたん思い出してなー。こいつ基本証拠ないと信じひんから証拠見せたろ思て」

漸く絞り出した声は恐ろしく低く、掠れていたのに対して忍足謙也から返ってきたのは陽気な笑い声だった。まぁ、そのイグアナといえばテーブルに乗ったご馳走を目の前にしてそわそわとせわしなく私の肩の上で足踏みしている。はいはい、野菜大好きだもんねー。皿の上にあるドレッシングが掛かっていない野菜を摘まんでイグアナの口元に持って行けばもさもさと食べ始める。未だ自分の学校の所に戻らず部長コミュニティに居座っていた手塚さんが驚いたように目を見開いた。

「おまっ、何でうちのイグアナが腹ぺこなん知っとんねん!」

「肩の上で華麗にステップ踏まれたら嫌でも分かるよ。まさかイグアナが肩叩きするわけじゃあるまいし」

立海のテーブルからげらげら笑う声が聞こえる。確実に私の身内だ、アイツ打ち上げ中ずっと笑いっぱなしだな…良かったねがっつり健康じゃん。何あれーとかすげーとかいう声が遠くから聞こえ好奇の視線が再び私の全身を貫く。何なの?忍足家は羞恥プレイが好きなの?私が幽霊に憑かれてるって嘘吐いたのまだ引きずってるの?いっつも光に見下されてる上にペットのイグアナが私に懐いてるからって八つ当たりのつもり?

「ふ、ふふふ…愚かなり忍足謙也…!」

「ギャアアメリーが覚醒しよったー!!」

「忍足さん、後でスピードスターの電話番号教えて下さい」

青筋を立てながら忍足謙也を睨み付ければ俊敏な動きで四天宝寺のテーブルへと逃げて行き、忍足侑士へと視線を向ければ大変やんなと微笑みながら私のデジカメを向けて私とイグアナのツーショットを撮ってくれた。こんなに嬉しくないツーショットを撮ったのは初めてだった。

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