▼ キングオブアイス
白石に引っ張られて連れて来られた円卓には色とりどりのジャージに身を包んだ部長達が話に花を咲かせていた所だった。白石はどうやら幸村と話をしていたらしく、一人タラの西京焼に舌鼓を打つ幸村はこのコミュニティの中では少々浮いて見えた。幸村くん、と声を掛けた白石に反応して此方を一瞥し私を視界に入れると目を穏やかに細め、料理が片付いた皿を給仕に下げさせ私の持っていた皿を置くスペースを作ってくれた。
無駄のないエスコート…流石幸村くん絶頂や…！と相変わらず謎な決め台詞を吐いた白石を軽く流しつつ幸村と話そうと向き合えば部長達の視線が一気に私達へと集まった。何だこれ。
幸村は苦笑いというか面倒臭さが滲む表情を浮かべながら私の肩に手を添えてテーブルの向こうへ私の身体が向くように位置をずらした。
「まずは跡部に挨拶してよ。一応アレでも主催者だから」
「せやでメリー。跡部くんにちゃーんと挨拶せなあかん」
「こんにちは、わたしビビガール。完全無欠なお人形です」
「違うだろ」「ちゃうやろ」
跡部くんに挨拶しろと言われたのでそれもそうか、というか跡部くん部長だったんだと少々ズレた思考を巡らせつつ小粋なジョークを飛ばした所、左右から幸村と白石に頭を叩かれた。あれ？これデジャヴ？私何処かで今と同じ目に遭った気がする。
確かに私は完全無欠でもお人形でもビビガールでもない。驚いたように目を瞬かせる跡部くんに向かって改めて挨拶をする為に唇を開けば背後の四天宝寺のテーブルから辞めろ財前！だとか離せやホモ！だの罵声が飛び交う声が聞こえた。何してんだアイツ等。
「こんにちは、私メリー。今あなたの正面にいるの」
「俺様に偽名を名乗るたぁいい度胸してんじゃねーか、あーん？」
四天宝寺では馴染みつつあるフレーズを唇に乗せれば跡部くんの冷たいアイスブルーの瞳がカッと見開かれた。なにあれこわい。完全無欠なお人形よりこわい。
しかも偽名だってバレてる。白石が参加名簿に「メリー」って書いてたから分かりやすいようにメリーって名乗ったのに。なにあれやっぱりこわい。私の中で跡部くんの印象は完全無欠なお人形、ビビボーイで固まりつつある。
「まぁ、偽名というか愛称ですよ。あなたにもあるでしょう、えーと……跡部、跡部、あとべ、あとべ、アトベアトベアトベアトベアトベアト…ベアト！そう、ベアトリーチェとか！」
「俺が永遠の淑女だと…？」
「わあ！そんな事まで知ってるの！スゴーイ！カッコイー！博識ー！」
「いいからさっさとお前の本名を教えやがれ」
適当にはぐらかしてなあなあにして逃げようと思ったのに瞳孔をかっ開いた儘会話をする跡部くんはそれを許そうとしない。若干跡部くんに引きつつ、それでも私は適当に偽名を連ねてうやむやにしてしまおうと口を開いた。
「わたくし、メアリーアンと申します」
「今度はイタリアからイギリスか…」
「おぉ凄い…流石永遠の淑女！」
「あぁ？テメェ…コキ使ってやろうか。メアリーアン、早く手袋と扇子を持って来い」
「それはアリスでしょう。あなたが白ウサギのキャラだとは思えない」
「ハッ、当然だろ。俺様はキングだからな」
えっ、やだこの人中二病？立食パーティーだというのに一人幽雅に椅子に座り高笑いをする跡部くんを冷めた目で見つめていると、幸村と白石に挨拶はもう済んだと見なされ再び肩を押され他の部長の所へ挨拶しに行かされる。こっそり幸村から跡部くんが氷帝の生徒会長なのだと聞かされ、氷帝に行かなくて良かったと心底安堵するのであった。
跡部くんに挨拶という名のぐだぐだな会話を終えた後、各校の部長さんにも一人一人挨拶して回った。
優勝した青学の部長さんに「ユウショウ、オメデトウゴザイマス」と言ったら「えらく棒読みだな」と言われてしまった。面目無い。その青学の部長が手塚さん。
黒いジャージが素敵な不動峰の部長が橘さんで、ノッポ改めて千歳くんと知り合いらしい。そういえば準々決勝で不動峰と当たった時に試合してたっけ。
黄緑の派手なジャージが特徴的な山吹の部長が南さん。この部長さんはとてもいい人だった。幸村と白石に挟まれた私を見て仲が良いんだなと穏やかに笑っていた。
紫ノースリーブジャージな比嘉の部長、木手さんは人一倍プライドが高いのかちょっと嫌味な人だった。跡部くんとの会話を聞いていたらしく「女性にしては珍しく根性がお有りのようですね」と訛り混じりのお褒めの言葉をいただきました。彼もまた、完全無欠なビビボーイな印象を抱いたのであった。
簡単な解説
ビビガール／ビビボーイ
児童文庫「モモ」より
主人公が廃虚で見つけた誰かの(もしくは誰のでもない)忘れ物の玩具。等身大の子供くらいの大きさ。ビビボーイはビビガールの友人。此方も完全無欠。
ベアトリーチェ(永遠の淑女)
詩人ダンテの作品に登場する女性。
ベアトリーチェ(イタリア)
イタリア語圏における女性の名前。愛称はビーチェ。
無限にして黄金の魔女の名を冠する少々下品な笑い方のお嬢様の事ではありません。
メアリーアン(イギリス)
19世紀イギリスでのメイドを指す用語。
メアリーアン(アリス)
不思議の国のアリスにて白ウサギに仕えているメイド。
跡部の台詞は白ウサギがアリスをメアリーアンと勘違いし「手袋と扇子を持って来い」と命令する場面の引用。