神の子と呼ばれる幸村精市と親戚であり四天宝寺のレギュラー達からは天才とその実力を認められている財前光と親友である私だが、他の学校のテニス部の人達とは全くいや寧ろ壊滅的に交流がない。四天宝寺のテニス部とも今年に入ってから初めて白石と光以外のレギュラーを見た程なのだ。金色くんは生徒会だから見た事はあるけれど、テニス部だとは知らなかった。
幸村の身内という事と、ノリのいい四天宝寺中在籍という事も相まってか私に集まる視線は決して少なくはない。レギュラージャージがドレスコードという奇天烈極まりない跡部くん主催の打ち上げパーティーは現在立食パーティーが催されていて、各校の食いしん坊達がよりどりみどりの豪華な料理に目を輝かせている中私は部屋の隅で遠山くんの長袖のレギュラージャージに身を包んで椅子に腰を据えている。ああ、もう帰りたいなあと思う度に各校の部長達が集まっている集団の中から身内の鋭い視線が向けられるので抜け出すわけにもいかない。
テニス部と関わり始めて数ヵ月。他校のテニス部の人達に興味が無い訳ではなく、それなりに話してみたいなあと思っている人は、いる。いつまでもこうやって隅っこでじっとしている訳にもいかないし、目の前のテーブルに並べられている料理に誘われ私の身体も空腹を訴えているし。腹ごしらえしてからでも話し掛けてみようと考えながら重い腰を上げた。
▼ いつもの阿呆
つい先程跡部くんの「乾杯じゃねーの!」という不可思議極まりない乾杯コールで幕を上げたばかりの立食パーティーではまだそれぞれの学校毎に固まっているらしく、四天宝寺の輩も白石を除くレギュラー陣が揃ってテーブルを囲んで食事をしていた。二人程食べるペースが異常な奴がいるが日常茶飯事なので気にしないでおく事にする。
「先輩!」
「おーす光、食べてるかね」
「引きこもりが、やっと来よったんか」
「いやあ、リアルイケメンパラダイスなもので。何というか、後込みしちゃって」
「メリーちゃんったら!後込みしてたらアカンでぇ、アソコの彼もソコの彼も纏めてロックオーン!」
「浮気か小春ぅ!」
用意された広い部屋に施された豪華な内装も、周りに置かれた高級料理達もコイツ等が絡むと何か霞んで見える。いや、ドレスコードがジャージな時点で既に合ってないんだけど。
幸村にスケブで全力の一発を頂いた後、幸村から離れるなり「俺からあの人に乗り換えるつもりすか!」と大衆の前で泣き付いてしまった羞恥からか、べったり甘えてくる素振りを見せず光は私の隣で黙々とパスタを口に詰め込んでいる。これ絶対喉に詰まるだろ、そう思って近くを通った給仕の方から水を貰って隣を向けば予想通り喉を押さえて悶絶している光がいた。
「はい、水」
「んぐ、ぐ…っ」
「うぉお!メリー居たんか!」
グラスの水を一気に飲み干す光の背中を叩いてやりながら宥めていると、食事のペースが異常な奴の一人である忍足が私に気付いたのか目を丸くさせた。遅い。
「その台詞そっくりその儘返す」
「失礼なやっちゃな、俺は最初から此処に居ったで。あ、すんません、青汁下さい」
「えっ、やだ忍足おっさん臭い」
「なんでやねん!青汁はごっつ健康にええねんで」
「白石か」
「謙也さん、次は皇〇ブームでも来るんすか」
「〇潤?……ああ、忍足は足腰にすぐガタ来そうだもんね」
「…もうそれ以上言わんとって。お前等二人揃うと財前が魔王になんねん」
喉詰まりから回復した光のナイフ並に切れ味を誇る毒舌にがっくりと肩を落とした忍足は給仕さんが持って来た青汁には手を付けずに先程よりゆっくりとした動作で食事を再開した。さて、何から食べようかと料理にざっと目を通していると横からずいっと料理が数種類盛り付けられた皿を差し出された。
「メリーはん、これを食べなはれ」
「面目ねえ!ありがとうございまさあ、師範殿」
「口調が農民になっとるぞ」
「合掌をすな!」
にこりと菩薩の如き微笑みを浮かべながら皿を差し出す石田くんから溢れんばかりに漏れ出す後光とおかんオーラに思わず手を合わせてしまう。すかさず一氏くんのツッコミが入り忍足と一氏くんに左右両方から頭を叩かれた。
痛いとぼやきながら皿を受け取れば師範より背が高く、準決勝で光とペアを組んでいたノッポさんにくすくすと笑われた。何でだ。
「むぞらしかね」
「エゾ鹿やね…?」
「お前の関西弁きしょいわ」
「ユウジ、お前確実にメリーに毒されとるで。ツッコミ所ズレとるわ」
ノッポさんが発した宇宙人語をぽかんとした表情で繰り返せば再び一氏くんからのツッコミが入り、その一氏くんに忍足からのツッコミが入った。ノッポさんの言葉が分からず首を傾ければ石田の師範がその菩薩の笑みを浮かべながら意味を教えてくれた。可愛いという意味らしく、わーいノッポさんありがとう!と礼を述べて皿を持ってない手でノッポさんの手をぎゅっと握れば忍足が勢い良く飲んでいた青汁を噴き出した。イグアナを描いた時の蜂蜜レモンの件からずっと思っていたが、汚い上に周りの注目が集まるから辞めて欲しい。
「おまっ…ノッポはないわ!何ヶ月一緒に汗水垂らして練習しとったと思ってんねん!」
「だってこの人あんまり練習来ないじゃん」
「それが千歳やねん!」
「チトセ?なにそれテニス用語?」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
地味に料理の付け合わせのパセリに舌鼓を打っていた小石川くんまでもが反応する。騒がしかった四天宝寺の周囲にこの刹那だけ、確かな沈黙が訪れる。
目の前の料理をあらかた片付け満足気な表情を浮かべた遠山くんだけがこの場にそぐわぬ顔で居座り、口元のケチャップを長い舌で舐め取りながらニッと純度百パーセントの笑顔を浮かべて私を見上げた。
「チトセ言うんはソイツの名前やで!千歳千里!」
「え、えええ…私、センサイセンリって読んでて…千年生きて千里を歩んだ仙人様なのかと…!」
「……もうアカン、ツッコミきれへん…。財前、お前の飼い主やろ何とかせえ」
「先輩…ボケがダイナミックすぎます」
「えっ、あっ、ごめん千歳くん!いっつもふらふらしてるって白石から聞いてたから仙人の神秘な力を高める為の修行を…って、千歳くんが死にそうなんだけど」
「ち、千歳ー!!」
「千歳はんが笑い過ぎて呼吸困難に…!」
「アカン、もうアカン!白石ぃ!メリー引き取ってやー!」
こうして苦笑いを浮かべた白石が迎えに来るまで私の発言権は剥奪され、千歳くんはひいひい言いながら先程私が座っていた席で十分程腹を抱えて笑い続けていた。両手にしっかり石田くんがよそってくれた料理を手にしつつ他校の部長達のコミュニティへと放り込まれるのであった。