全国大会の頂点に立ったのは四天宝寺を破った青学だった。準優勝は幸村率いる立海で、今年は全国三連覇を狙ってかなり燃えていたらしい。すごいなあ、関東強いなあ。無人の観客席に座った儘先程まで汗や血が舞うちょっと次元の違う試合が行われていたコートを眺めていたら、閉会式が終わったのか黒や黄色、青や水色など各々の学校のレギュラージャージに身を包んだ選手達が戻って来た。沢山の選手達の中からひょっこりと姿を現した親戚の姿に思わず目を細めてしまう。アンタ部長だろ、単独行動とかいい度胸だなオイ。

「おーす、幸村」

「やあ、メリー」

肩に掛けている長袖のジャージをゆらゆら揺らしながら私の隣に座った幸村は小六の時よりも当然の事ながら逞しくなっていた。病床に臥せていたと聞いたが身体はもういいのだろうか、いや、ダメならこんな所で試合なんかしているわけないのだが。

「この後跡部の家で打ち上げやるらしいんだけど、四天宝寺やメリーは来るの?」

「跡部?」

「知らないの?」

「知らない」

「ほら、彼処の人だかりにいる人」

つ、と幸村が指差した先には水色のジャージに身を包んだ集団。その真ん中にいる人物が跡部くんというらしい、無言でテニスコートを見下ろす姿は何だかプライドが高そうな坊っちゃんといった感じだ。アイスブルーの瞳が此方、正確には私の隣の幸村を捉える。にこりと微笑を浮かべて跡部くんとやらに手を振る幸村に視線を戻す。

「初めて見た」

「ああいうのって、メリーのタイプじゃないよね」

「うん、黒髪和服美人が好き」

「じゃあ柳かな」

「柳?」

「うちのレギュラーの糸目」

再び幸村の指がつ、とテニスコートの向こうを指差す。先程まで立海に宛てられていた観客席で立海の部員達がいそいそと片付けをしていた。立海にいる黒髪の糸目と言われれば直ぐに分かる、流血試合になって不穏な雰囲気になっていたダブルスの試合に出ていた人だ。今は涼しい顔をして部員達に片付けの指示を出しているが、本来ならばあのポジションに立つべきは私の隣にいる幸村ではないのか。お前何やってんの、と言いたげな視線を向けるとぺちりと額を叩かれた。

「決勝にダブルスで出てた人でしょ」

「そう。で、どうなの」

「うん、黒髪だし和服似合いそうだから見た目はタイプ。だけど付き合いたくはないかな」

「どうして?」

「性格の不一致」

「……柳がタイプならそれにつけこんで立海に引き込めると思ったんだけどなぁ」

あーあ、と大袈裟過ぎる溜め息を吐いた幸村は後ろに手をついて空を見上げる。チームメイトを餌にするってこの男何処までタチが悪いんだ、ぎゃいぎゃい騒いであちこち駆け回っている赤髪の子とその後輩らしき子に哀れみを抱く。そういえばあの後輩らしき子は柳くんのダブルスペアで流血試合をもたらし周囲を恐怖のどん底に突き落としていた子じゃなかったか。
決勝が終わってから脱いでいたサンバイザーを再び頭に被せれば真上から照らす太陽の陽射しが和らぐ。数日前の雨模様が嘘だったかのように綺麗な青空が何処までも広がっている。今日も、夏だ。

「……」

「……名前、お前…」

徐ろに取り出したスケブを見て幸村が僅かに目を見開いた。忍足のイグアナからページを捲れば時を駆けるように様々な思い出や焼けるような夏の暑さが脳裏に浮かぶ。そして準決勝、ノッポさんと光のダブルスの試合のページから先は途切れていて、一番最後であるページには何も描かれず空白の儘だった。このページは決勝に出ている皆を描く為に使おうと思って予めとっておいたページ、だからもうここを使う予定はない。もう、これは、必要のない、ページなのだ。

べりべりべり。スケブに通されたリングから紙を無理矢理引き剥がす音は存外にコートに響き渡った。私達が座っている観客席の数段下で片付けをしていた青学の人達や、私達の後ろでミーティングをしていた跡部くん達や、あらかた片付けが終わり一休みしていた立海の人達や、私を迎えに来た白石を筆頭としる四天宝寺のレギュラー達、皆が私が立てた音に目を見開いて私へと視線を向けた。スケブから完全に離れてしまった空白のページを見ているとぎゅうっと心臓を鷲掴みにされたような気分になって魚拓を取られる魚の如くページへと顔を押し付けた。激情が胃から喉元へとせり上がってくるような感覚に胸焼けがして気分が悪くなる。

「    」

隣の彼にしか聞こえない声で、言葉を紡いでみた。視界はベージュがかったスケブの紙の色だったから、幸村がどんな顔をしていたのか私がどんな顔をしているのかも分からない。幸村は直ぐに私の膝に置かれていたスケブを手に取りぱらぱらと数枚捲ってから両手でスケブの両端を持ち、そして容赦無く全力で私の脳天に振り下ろした。
ばっこーん。私のベージュの視界に星が散り、周囲がざわめいた。

「……っ…!!」

「どや!」

「どや!じゃねぇえ何だその笑顔腹立つなちくしょぉおお!!」

「悔しかったらお前んとこの部長の決め台詞言ってみなよ」

「エクスチェーンジ!!」

「試合中に両替なんぞ出来るか阿呆!」

頭を抱え叩かれた箇所を押さえている隣で夏の暑さも吹っ飛ぶ爽やかな笑みでドヤ顔をキメてきやがった馬鹿に殺意が沸く。お前はこの三年で加減ってものを何処に置いてきた!ネタ振りをされたので四天宝寺の名に負けぬよう全身で繰り出した一世一代のボケは一氏くんが綺麗に拾って叩き落としてくれた。彼のツッコミのお陰でドッと笑いが起こってぴりりとした雰囲気が散っていく。サンキューモノマネ王子、と心の中で礼を言いながら破いた紙をスケブに挟んで立ち上がると幸村も肩に掛けたジャージを支えるように掴みながら立ち上がった。

「案外満更でもないんだろ?」

満足気に微笑んだ幸村は未だにヒリヒリしているスケブで叩いた所を一撫でしてから風に濃紺に近い黒髪を揺らして立海の人達の元へと戻って行った。最後に掛けられた言葉はするりと私の心の隙間に入り込みぴったりとあつらえたかのようにその隙間を埋めてくれた。スケブを抱いて唇を噛み締めていると右肩に包帯が巻かれた手がぽんと乗せられた。後ろでは暴れながら白石に向かって先輩に触んなエクスタ野郎!と暴言を吐く光と、それを二人がかりで止める一氏くんと忍足の焦った声が聞こえる。

「メリィィイイ!!早よ戻って来い!ホーム!ホームやでメリー!」

「忍足煩い。私は犬じゃない」

「ほんま財前はメリーの事好きやなあ」

「光、ホーム」

「先輩ぃいっ」

「財前の方が犬やったわ」

二人を振り切って私にタックルしてきた光を抱き止めればまた周囲がざわめいた。何でだ。

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テーマ「人外ファンタジー」
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