今日の昼飯、ちょっと付き合うてもろてもええですか、と首を三十度傾けた光の顔は筆舌し難い位にしかめっ面だった。教室の廊下側の一番後ろの席に座っている私はドアに寄り掛かって此方を見下ろしている光の剣幕に負けて首を縦に振る事しか出来なかった。
廊下を行き交う人々から好奇と微笑ましさとほんのちょっとの嫉妬の視線を浴びながら光に手を引かれてやって来たのはテニス部のコート。いつもは締め切ってある分厚い門が少しだけ空いていて、ネットが張られていないコートの真ん中で見慣れた奴等が各々鎮座していた。

「ギャアアアアメリーさん来よったァアアア」

「忍足煩い」

私の姿を視界に捉えるなり大袈裟な位に怯える忍足の膝を軽く蹴って白石と光の間に腰を下ろすと白石が申し訳無さそうに、でもちょっぴり楽しそうに表情を崩す。周りに群がる女の子に向ける教科書に書いてあるような模範的な作り笑いではなく、ごく自然な、破顔一笑。

「今日は天気ええし屋上で皆で飯食おかーってなったんやけど、財前がメリーおらな嫌やって駄々捏ねてなぁ」

「嘘吐かんで下さい部長、駄々は捏ねてません」

「いや、私が呼ばれるのはいいんだけど…何でテニスコート?」

「"先輩と俺の愛の巣汚すなんて許されるわけないっすわあ"って」

「えっ」

「ユウジ先輩の阿呆っ、余計な事言わんで下さいよ!」

事実やからしゃあないやろ、と舌を出して光に喧嘩を売る一氏くんに私はぽかんと口を開けた儘硬直してしまう。隣では私の異変に気付いたらしくわたわたと慌てた様子の光が不安気な声色で先輩、と声を掛けてくる。ああ、と少し間を置いてから事情を把握した私が光に視線を向ける時には私の左肩には頭一つ分の重みと腰に回る腕、首にちくちく刺さる光の短い髪の毛。後は忍足の声、慌てているのかやけにどもっている。

「忍足煩い」

「せせせせやかてお前っ、ざざざざ財前がっ」

「凄いね光、一瞬光が二人も居るかと思った」

「へ…?」「えっ?」「ハァ?」

重なった三つの声はきょとんとして至近距離で私を見上げる光と、顔を覆った両手の指の間から此方を見ている忍足と、私達の向かい側で弁当を開けていた一氏くんのものだ。事情が何となく伝わったのか白石がああ、と一つ頷いて手元のスポーツドリンクのキャップを開けた。何のこっちゃと眉間に皺を寄せた一氏くんを一瞥してから私の肩に頭を乗せて寄り掛かる光の背中を優しく撫でる。ワックスとヘアスプレーでがちがちに固めた光の頭を撫でると手が汚れると怒られるから光を宥める時はいつも背中を撫でるようにしている。

「一氏くんの光の物真似、凄く上手って話」

「あ、ああ…そこ、なんすか」

「え?他に何かあった?」

「何も」

会話をしている間にいつもの光に戻ったらしく私から離れて先輩ら遅いっすわあ、とかやっぱダサスタに行かせたら良かったんやーとかぼやいてた。私は私で白石の弁当を覗いてその彩りから彼の育ちの良さを感じつつ赤い弁当包みから弁当箱を取り出す。
いつもは購買でパンやおにぎり、弁当を購入している光の手元には何もない。出前でも取ったのか、と考えていると少しだけ開いていた門がぎいぎいと音を立てて更に開いていく。門の向こうから顔を出したのは一氏くんの大好きな金色くんを始めとした残りのテニス部のレギュラー達だった。各々の手元には学食のトレイが乗っていて…。

「財前ー!カレーライス大盛り半熟玉子付きやでぇー!」

「遅い。いつまで待たすねん」

てこてこと頭にトレイを乗せた儘此方に歩み寄ってきた少年の手にあったカレーのトレイを奪いながら光はいつものように毒を吐いてその手に小銭を置いた。成る程パシらせたのか、実に光らしい行動だ。

「ねーちゃんも居ったんか!」

「久しぶり、お邪魔してます」


へにゃんと屈託のない笑顔を向けられると思わず此方も笑みを浮かべてしまう。一氏くんの隣に座った坊主さんの隣にちょこんと座り頭に乗せていた文字通り山盛りの丼にかぶりついている。学食かあ、三年経っても一度も行った事が無い。卒業までには一回行っとこうかなあと呟いたら白石には首を傾けられ光には顔をしかめられた。学食、と付け足して呟きの補足をすると白石は再び弁当をつつき始め、光はそれっきりカレーを食べるのを止めひっつき虫になってしまった。

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