「メリー先輩、そろそろ湿布の在庫が切れそうです」
僅かな違和感を抱いたのは保健委員の当番で薬品棚の備品のチェックをしていた時。同じ当番の後輩が私に話し掛けて来た時にやってきた。
湿布ね…湿布、湿布。所々錆びている青い体重計を退かせた先にある段ボールの中から湿布の入った箱を取り出して薬品棚と睨めっこをしている後輩に渡す。備品チェックなんて白石に任せりゃいいのに、とぼやけばそうですね、と後輩が僅かに目を細めてうっとりした表情を浮かべる。
「白石先輩って本当にかっこいいですよね」
「えぇっ、私は無理だなあ。黒髪好きだから」
「メリー先輩、財前くんと仲良いですもんね」
「……黒髪だったら誰でもいいわけじゃないよ。私は黒髪で和服が似合う大人な男がタイプなのさ」
「財前くんの着物姿…っ!」
「よし、備品チェック終わり。後は私がやっとくからもう戻っていいよ」
「ありがとうございますっ、お疲れ様でした」
「はい、お疲れー」
一人になった保健室で備品チェックと書かれたプリントをバインダーに挟みながら改めて違和感について考えてみる。白石については周りの人間がいつも言っている事だから違和感には繋がらない。財前との仲の良さについても自他公認というか、テニス部のファンに呼び出される程には良いと自覚はあるからそれでもない。それでも後輩の言動は何か違和感があった、何だろう?
バインダーを抱えて室内の電気を全て消してから保健室を後にする。ドア横に掛かったホワイトボードのプレートには「先生不在」の養護教諭手書きの赤い文字が右上がりに踊っている。
「おーすタクロー部、やっとるかねー」
「タクローて誰やねん!」
校内を駆け回るランニング中の部員に声を掛けたら六人全員にツッコミを入れられた。これが本場大阪のツッコミ…なんて感動するのは初めの一ヶ月だけだ、私の大阪居住歴は今年で三年目であるのでタクロー部改めセパタクロー部の部員達のツッコミは華麗にスルーさせてもらおう。ゆったりとした足取りで向かうは三年二組、我らが保健委員の委員長がいる教室である。
「お邪魔ンボウ!」
「あ、メリーさん。備品チェック終わったん?お疲れ様」
「お疲れ様ンボウ!」
「おー、メリー。もう帰るんか?今日テニス部オフやねん、たこ焼き食いに行くんやけどメリーもどうや?」
「さよなライオン!」
「あ、帰っちゃった」
「白石くーん、あたし等もたこ焼き食べに行きたいわあ」
「堪忍な、財前のお守りはアイツやないとアカンねん」
違和感の正体がテニス部だけだったメリー呼びが周りに広まっていた事だったのに気付いたのはベッドに入ってからだった。