ぴたりとアマイモンさんの動きが止まったので彼の頭に埋めていた顔を上げると、荒れ果てた大地に一本の枯れた大木がそびえ立っていた。
私の身体を抱え直して足元に目を落としたアマイモンさんは、普段私と接している時には考えられない位平坦で威厳のある声を出した。

「やれ」

するとアマイモンさんの足元からこの荒涼とした地には合わない青々とした蔓が伸びてぐねぐねとうねり私達の目の前で形を作っていく。何が起こっているのか理解出来ずアマイモンさんを見つめるも彼は何処か威圧感のある表情を浮かべていて何て声を掛けて良いのか分からず胸の中にもやもやとした不安が広がっていく。

やがてきっちりと編み込まれた蔓は小さく浅い円形の篭に形を変えていく。蔓が途切れたと思えば今度は足元から若葉やまだ青い儘の銀杏の葉が舞い、その上から更に色とりどりの花が投げ込まれていく。そうして出来上がったものは緩やかな弧を描いた揺りかごのようなベッドだった。

ぼすんとそのベッドに下ろされると地面に緑色の妖精のようなものが数体立って居て、にこにこと笑いながら此方を見ていた。もしかしてあの妖精がこのベッドを作ってくれたのだろうか。

「あ、有難う御座います!」

深々と妖精に頭を下げて礼を言うと妖精達はニー、キーと鳴きながら小走りに大木の裏へと走っていってしまった。隣に腰掛けたアマイモンさんを恐る恐る見上げるとその表情はいつも通り無表情な儘だったけれど、先程のような威圧感は無くやっと胸に留まっていた不安か霧散していく。
彼の肩に頭を寄せると直ぐに腕を回して抱き寄せられ爪の伸びた手でそっと頭を撫でてくれた。

「ごめんなさい、迷惑掛けて…」

「メイワク?名前が虚無界に来てくれてスゴク嬉しいです。でも…」

頭を撫でていた手を止めてアマイモンさんが私の顔を覗き込んで来る。隈にふちどられた瞳から射られるような視線を受けて首を傾けるとアマイモンさんの顔がぐっと近付いて来る。睫毛が目に入りそうなのが怖くて目蓋を閉じると其れを何かの合図と受け取ったのかアマイモンさんの唇を押し付けられ真下はロマンチックな花篭、真上は不気味な虚無界の空というへんてこな環境の中で私はアマイモンさんからのキスを拒む事なく受け入れていた。

「名前が虚無界と物質界の行き来が出来るか分かりません。兄上に頼んで手引きをしてもらいましょう」

「え、あ、はい」

携帯を持って立ち上がったアマイモンさんは私を凝視した後羽織っていたジャケットを脱いで私の肩に掛けて其の儘去って行ってしまった。
肩に掛かったジャケットに腕を通すと仄かにアマイモンさんの温もりと共に懐かしい気分になる。思えば私の居た世界でこのジャケットを着たのは買って来た日だけだっか気がする。其れにしても私にこれを着せたのは何の目的だったのだろう。もっと言わせてもらえば、何故キスをした。

「……ん?」

そんな事を考えているとふと近くから何かが蠢く気配を感じ先程の妖精かと思い顔を覗かせる。其処には首輪を付けられた小鬼のベヒモスと、その仲間らしき小鬼が数匹私の座っている花篭を取り囲んでいた。

「久しぶり、ベヒモス」

拘束具を取り付けられた頭を撫でるとベヒモスは嬉しそうにぐるると唸り声をあげた。ベヒモスは私がアマイモンさんと契約を結んだ後に初めて会った悪魔だった。拘束具を付けている間は大人しいし、私はアマイモンさんと契約しているからアマイモンさんの配下も支配出来る。拘束具が無い間は九割凶暴だけど、今はこのごつごつした肌も触り放題という訳だ。
ベヒモスの頭を撫でていると俺も私もと言わんばかり様々な色合いの小鬼達がねだるように唸りながら私に寄って来た。
よしよし、皆纏めて撫で回しの刑だぞ!なんて言いながらわしわしと皆の頭を撫でていると私を警戒していたらしい先程花篭を作ってくれた妖精達が花篭をよじ登って私の元へとちょこちょこと近付いて来た。頭に花や葉っぱを被っている姿は近くに来るとますます可愛く見える。まだ子供なのかな、可愛いなあ、そう思っていると私の頭や肩、膝の上に乗ってくれてニーニーと鳴きながら微笑んでくれた。小鬼達の頭を撫でながら時折私の膝の上にいる妖精の頬をつついて遊んでいると、何処からか風に混じってオオォォ…と低い唸り声が聞こえてきた。
また新たに小鬼が来たのかと花篭の回りを見るも小鬼が増えた様子も無く、遠くを見据えても荒れた大地が広がるだけで相変わらず私の周りはこの花篭以外は傍にある枯れた大木だけだった。ふとその大木を注視してみると、幹の木目が縦長の目と口に見えて来た。耳を澄ませれば微かな唸り声はこの大木から聞こえてくる、気がする。

「…貴方も悪魔なの?」

妖精達を抱えながら大木におずおずと話し掛けてみると項垂れていた枝がパッと広がりオオォォ、と低い声が返って来た。成る程、この木も悪魔だったなんて全く気付かなかった、花篭から身を乗り出し手を伸ばして幹に触れてみると水分が無くかさかさの木の皮の下から僅かながら命の胎動を感じる。水も養分も無い過酷な環境の下で頑張って生きようとしている姿にじんと胸が震える。
私の世界で見た本では悪魔は隙を見ては人間の魂を盗む恐ろしく卑怯な存在だと伝えられていたらしいが、目の前にいるのはこんなにも人懐こく優しい悪魔ばかりで私の中で良い悪魔もいるのだという認識が生まれる。

ごろりと花篭の中で寝転び体を丸めてアマイモンさんが戻って来るのを待つ。電話するだけならもう戻って来てもいい筈なのにやけに帰りが遅い。何かあったんじゃないかという不安を払うように彼が着ていたジャケットの襟元に鼻先を埋める。彼は絶対に私を一人にしない、そう思えば少しだけ不安感が和らいだ気がして私は目を静かに閉じた。

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