「……あれ?」

カタンカタンと足元で列車が線路を走る振動を感じながら今日回った店の中でのオススメを決めた所で、私は漸くある異変に気付き怪訝そうに眉を寄せた。
そう言えばさっきからアナウンスが全く無く車内はずっと無音の儘だ。普通なら終点の駅は何処かだたり車内でのルール、広告等を読み上げているのに。
流石の私も様子が可笑しい事に気付き向かいの窓から外の様子を眺めようと顔を上げた、その瞬間だった。外は真っ暗でパッと見ただけでは何があるか分からず、向かいの窓は鏡の様に座っている私を映し出していた。私に寄り添うようにして外から窓ガラスにべったりとくっつく――

「ぎゃっ!」

――アマイモンさんが居た。
驚きのあまり蛙が潰れたような短い悲鳴を上げるとアマイモンさんが拳を振り上げたのが分かった。その行動の意味が窓ガラスを割るつもりなのだと即座に判断した私は大きな声で彼に制止の言葉を叫んだ。

「アマイモンさん、ストップ!」

車内に居る私の声が聞こえたのか勢い良く振り下ろされた拳は窓ガラスと衝突する寸前でぴたりとその動きを止める。危ない、あの儘だったら粉々になったガラスの餌食になっていた。
安堵の息を漏らしつつアマイモンさんがいる隣の窓を開けるとぶわりと強い風が入って来て中華まんや餃子、小籠包の写真が印刷されたリストがばらばらと車内に散る。ひょっこりと顔を覗かせたアマイモンさんがリストへと意識を向ける私の腕を掴み、軽々と片腕で私を脇に抱えると車両からぴょんと降りる。私が電車に乗ってもう二十分は経つ。本来ならもうそろそろ学園駅に着く筈だからこの辺りは結構高い所を走っている筈…。
空も地面も黒く塗り潰したような世界へかつて私と世界を挟んでお揃いだったボロボロのジャケットをはためかせ飛び込んで行くアマイモンさんの潔さには付いて行けず、高い所から降りる際に感じる浮遊感と衝撃を恐れアマイモンさんのベストにしがみつくと浮遊感も何も感じる前にすとんと体勢を崩す事なく彼が着地する僅かな衝撃が伝わって来た。

「名前、名前」

まるで子供の遊び道具である人形のように私の身体は脇から両腕に抱かれ持ち上げられた。何処か不安気な声で私の名前を呼んでは身体をあちこち調べる様子に恐る恐る目を開けて見れば、黒い世界の中にアマイモンさんだけが立っているのが分かった。
私に異変が無いのを確認するとアマイモンさんはぷらんと宙吊りになっていた私を抱き寄せ力を加減しながらぎゅうと抱き締めてくれた。相変わらず扱い方は少々雑だが不気味な電車から出してくれたのは有り難かった。

「少々手遅れですが魂は奪われていないみたいですね。ヨカッタヨカッタ」

「ア、アマイモンさん私話がさっぱり読めな…というか、下ろしてもらえませんか?」

手遅れだとか魂だとか少々物騒な事を言っているが何の事なのか検討も付かず、身長差のあるアマイモンさんの腕に抱かれた儘抱き締められているせいで不安定になっている足元が落ち着かず、アマイモンさんの胸元を叩いてお伺いを立てたのだが無表情の儘首を横に振られてしまった。

    ファントムトレイン
「貴女が幽霊列車から魂を奪われなかったとしても、この地は危険です」

「幽霊列車…?」

「乗り込んだ者の魂を奪い虚無界へ連れ去る悪魔です。さっきまで乗ってたじゃないですか」

兎に角移動しましょうと私を腕を座らせるアマイモンさんから告げられた衝撃の事実。私はどうやら魂を奪う悪魔にうきうきしながら乗っていたらしい。他の乗客が居なかったり車内アナウンスが無かったのはそういう事だったのか…。貸し切りだやっほーいと浮かれていた私の気分はすっかり萎んでしまった上に、感謝さえしていたメフィストさんに殺意さえ抱く。あの人は色々企んでいるらしく常に忙しそうだけど私は害の無い一般人なのだから巻き込むのは辞めて欲しい。
其れにアマイモンさんが言った言葉に激しく気になる部分がちらほらとあった。
少々手遅れ、この地は危険、虚無界へ連れ去る…。辺りを見渡すと黒い空にうねうねとした何かが蠢き線路はおろか建物や緑もすら無く荒涼とした平原が地平線まで広がっていた。此処は私がアマイモンさんの召喚呪文の一節を唱えた日に見た夢と同じ風景だった。も、もしかして…!

「あの、アマイモンさん。此処って…」

「虚無界です」

少々どころじゃない、かなり手遅れな気がする。アマイモンさんに会えたのは嬉しいけど、こんな形で会いたかったわけじゃない。
迷惑を掛けているのが申し訳無くてアマイモンさんの頭にぎゅうと抱き付くと、私のお尻を抱き抱えていたアマイモンさんの腕が私を慰めるように太股をぽふりと叩いてくれた。

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -