中に入っているフラウロスは本物の豹と同じ大きさなので大きさはファミリーサイズのテントくらいで、しなやかな体に纏う炎はランタンの硝子に当たり上へ上へと上っていく。あんなに寒く薄暗かった城の中を暖かく明るく塗り潰していく。辺りを赤く照らす豹の姿に氷の女王の白い陶器のような色の顔をサッと青ざめさせ、ふらつきながら立ち上がったアマイモンさんを思いきり睨み付けた。

「貴様、最初から…!」

「兄上、凄いです!本当に兄上の言う通りフラウロスが現れました」

服を流した血の量だけ赤く染めあげながら恍惚とした表情を浮かべたアマイモンさんに一瞬彼の兄を連想してしまい、私は頭を横に振って改めてフラウロスへと視線を向ける。指先でランタンの硝子に触れてみても焼けるような熱さは感じず、代わりにじんわりと身体に染み入るような暖かさが冷えきった指先に広がっていく。炎の中から見える黒い瞳と目が合い、フラウロスを召喚する為に怪我をした左手をぎゅっと握り締めて痛みで顔を歪ませながら微笑んでみせた。

「狭い所に閉じ込めてごめんね。直ぐに終わるから…お願い、少しだけあなたの力を貸して欲しいの」

「させてなるものか!」

フラウロスに話し掛ける私にドレスを揺らして女王が猛り杖を天高く突き上げる。雪を呼び寄せているらしく杖の先端に装飾されたフラウロスの炎に照らされて赤く煌めく雪の結晶からずず、と鈍い音を立てて女王の頭上が雪が白く塗り潰していく。アマイモンさんはもう動くつもりは無いらしく何処からか出したロリポップキャンディをガリガリとかじりながら女王と私を交互に見つめていた。やがて女王の頭上が入道雲のように高い山となった所でふわりと杖が宙に浮かび緩慢な動きで上昇していく。女王は手離した杖を崇め奉るように両腕を伸ばし掌を天井へと向けると凛とした声で詠唱を始めた。

    アク
「"我が悪なる雪の精霊よ 集え宿れ、そして奮え 彼の者達へ死の抱擁を"…!」

ひゅう、と冷たい風が頬を撫でる。詠唱に呼応するように女王の辺りに風が巻き起こり、雪の塊がずずずと音を立ててその姿形を変えていく。腕が出来て、胸の膨らみが出来て、髪が出来て、顔が出来る頃には入道雲だった雪は広く高い天井を覆い尽くす雪女へと化していた。風はそよ風程度のものだったのに一気に強さを増し私が羽織っているアマイモンさんのジャケットの長い裾がばさばさと音を立てて靡く。

「この術は"凍る大地"を覆っていた吹雪でな…。ククッ、いつでも此処で使えるように貴様等が"凍る大地"に足を踏み入れてから術を解除しておったのだ。さあ、"氷の女王"の配下内で最強最悪と名高い我がしもべの力をその身に受けるがいい!!」

上げていた腕を横へ広げるとまだ少女と呼べる位小さな女王はその姿に似つかわしくない声で高らかに笑い、薄い水色の瞳を細め此方を睨みつけ真っ直ぐ私を指差した。

    クチヅケ
「"白い接吻"」

女王の言葉と共に暴れ狂う台風のような風が襲いかかり一瞬身体を持って行かれそうになる。身体を屈めて何とか暴風に耐えている所に容赦無く雪女が腕を広げ風に雪を乗せてくる。瞬く間に視界は白く覆われ黒いアマイモンさんのジャケットや私の身体を白く塗り潰していく。

「名前!…ッ…」

女王が召喚した雪女を見て慌てて私の元へ近寄ろうとしていたアマイモンさんすらも雪は飲み込み、私は思わず傍にあったランタンにしがみつくも吹雪く雪は私の身体に当たっては積もり当たっては積もりを繰り返して見る見る内に右腕や右の側頭部が石塊が雪を纏った雪男のように雪で覆われてしまった。私の頭の中は白い雪のベッドの中で二人寄り添って永遠の眠りに就く私とアマイモンさんの姿だった。冗談じゃないぞ、真夏に凍死なんていくらなんでもおかしいわ!普通に天寿を全うして大往生したいわ!
私はランタンの硝子を叩いて此方をじ、と見つめるフラウロスへと叫んだ。

「私は此処で死にたくない…!お願い、力を貸して!!」

突如目の前の白を橙色が横切り冷たい雪に抱かれてがたがたと震えていた身体が暖かい何かに包まれた。よく見れば私の周りを橙色の炎が流れ星のように流れては雪を全て溶かしてくれたらしい。慌ててランタンの中を見ればごろりと三角の魔法陣の上で寝転がっていたフラウロスが起き上がって此方を見ていた。
フタビ
二度その黒い瞳と視線が絡み合うと私の頭の中にまた炙り出しのように言葉がじわりじわりと浮かび上がってきた。

「"フラウロス 64番目の大公爵よ 業火を幾重に伸ばし 我を覆う白を喰らい尽くせ 我の願いに応えたまえ"…!」

すう、冷たい空気を吸い上げて肺一杯に満たす。キンと肺が芯まで冷える感覚を味わいながらこの吹雪の中、私を信じてフラウロスを託してくれたアマイモンさんを強く頭に思い浮かべ――叫んだ。

「" 鬼 喰 い "!!」

私と共鳴するかの様にランタンの中のフラウロスが牙を剥き雄叫びを上げた瞬間、目の前を数多の橙色の炎がまるで乱射されるロケット花火のように幾多に渡って飛び交い真っ白だった視界を喰らい尽くしていく。雪に埋もれていたベヒモスや床に這いつくばっていたアマイモンさん、床も壁も見えて来た所で炎の一つが雪女の腹に突っ込む。それを皮切りに炎が一斉に雪女の方へと向かって飛んで行き雪女の白を喰らっていく。まるでその炎が居場所を知らせたようで、炎の一つ一つがまるで意志を持っているかのようだった。

「な…、な…わたしの最強最悪のしもべが…!」

炎が雪女を一片残らず喰らい尽くした頃には辺りは壁や床、柱が少し溶けた以外は私達か足を踏み入れた時と何ら変わらない風景に戻っていて、唯一変わっていた事はからんと力無く床に落ちる杖を女王が呆然とした表情で見下ろしていた事だった。

「…お願いします。私、物質界に帰りたいんです!」

女王に向かってそう言うやいなや視界がぐらりと揺らぎ、私の意識はブラックアウトした。

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テーマ「人外ファンタジー」
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