アマイモンさんに向けられた杖を一振りすれば雹より大きな氷の粒が舞い、杖を振り下ろせば氷の粒は真っ直ぐアマイモンさんへと向かっていく。床を蹴り高く跳躍して其れを避けたアマイモンさんは其の儘女王へと突っ込んで行く。拳を作って攻撃を仕掛けるも後少しと言う所で女王の前に雪の結晶を模した氷の盾が現れ攻撃を阻む。
むう、と唇をへの字に尖らせ腕を振りかぶり渾身の一撃を盾に入れる。ストレートな体術での攻撃を得意とするアマイモンさんの拳に二度は耐えられなかったらしく、ピシリピシリとヒビが入って行く盾の向こうで一見不利に見える女王が不敵に口元を歪ませた。

「ふふふ、甘いぞ地の王!其れで勝ったつもりか?」

女王がぶんと杖を振るとヒビが入ってぼろぼろと崩れていく盾が氷の粒と化して宙に浮くと、アマイモンさんに勢い良く襲い掛かり彼の服や肌を切り裂いていく。粒の勢いに押され数メートル後方へと飛ばされたアマイモンさんは床に降り立つも足元の真っ白な床にアマイモンさんの血が滴り紅い染みを作っていく。其の紅い水滴を見つめながら私の中の記憶は"凍る大地"への道程であった出来事へと遡っていった。



もしゃもしゃと桃を食べ進めるアマイモンさんが唐突に何かを思い出したかのようにベストの下に着ているシャツの胸ポケットを漁り、ベヒモスの前足を持って遊んで私に向かって拳を突き出してきた。訳が分からず首を傾けるとじっと隈が浮かんだ瞳でベヒモスの足を握る手を見つめられ、私に渡したい物があるので手を出せと言われている気がしてそろそろと手を伸ばしてアマイモンさんの拳の下で広げた。
彼の手から零れ落ちたのはあぶらとり紙位の大きさの正方形の紙だった。中央には私が居た世界の図書館で読んだ悪魔を召喚する際に必要な魔法陣に似た図形が描かれていた。

「イブリース…"火の王"に頼んで名前でも扱えそうな協力な悪魔を借りてきました」

「私でも…。どういう意味ですか?」

山程積み上げられていた果物も残りは半分を切っているのを見て、朝食抜きは御免だと慌てて果物の山の中にあった一房のバナナから三本程拝借するとアマイモンさんは口元の桃の果汁を手の甲で拭きながらこの魔法陣を借りてきた経緯を話し始めた。とは言ってもその話は至極単純、兄であるメフィスト・フェレスの手引きで雪を操る女王に対抗すべく"火の王"から悪魔を借りてくるよう指示されたらしい。"火の王"は珍しい来客に驚いたようだったが事の経緯を話すと何処か愉快そうに一匹の悪魔を貸してくれたらしい。
人間である私がアマイモンさんの契約者となった事は既に虚無界でも有名な話となっているらしく悪魔達の間では私は魔女で、強力な黒魔術を用いてアマイモンさんをねじ伏せたとかいう物騒な噂まで立っていた。これだと私が幽霊列車に乗って虚無界に来たと知れたら悪魔達は何と言うのだろう。魔女が虚無界征服に来た、討伐せねばなんて言って一気に襲い掛かって来たりしてね…ははは、妄想でも笑えない。

「もし戦闘中、僕が動けなるような事があればその魔法陣を使って悪魔を喚んで下さい」

「え、でも私アマイモンさんの時みたいに呪文は…」

「正しい手順を踏めば問題アリマセン。名前は僕の契約者だから、出来る筈です」

バナナの皮を剥いて丸ごとベヒモスにあげる私の肩に頭を寄せたアマイモンさんがぽつりと呟きを漏らす。主従関係というのは互いに信頼しないと成り立たないと何かの本で読んだ気がする。私に出来ると言ってくれるのも肩に寄り掛かってくるのも信頼の証拠なのだろうかと考えれば胸の中に淡い感情が生まれる。
バナナを食べながら重みが掛かっている方の腕でアマイモンさんの頭を撫でると、僅かに彼の持つ雰囲気が和らいだ気がした。


床に広がる血溜まりに今やらなければいけないという意志が自然と浮かび、私は立ち上がって床に刺さった氷の盾のなれの果てである氷の粒を見つめた。一番近いものを使っても女王から距離は取っているし、彼女はアマイモンさんから目を離せないので安全な筈だ。
ぐるぐると唸るベヒモスの頭を撫でて一歩踏み出すと気配に気付いたらしく、女王が此方へ視線を向けた。

「フン。今更命乞いか?愚かな人間…貴様などこの"凍る大地"を踏む資格など無し、骨の髄まで凍える恐怖を味わえ!"唸れ大地、我の呼び声に応えよ 氷よ来たりて全てを覆い"…ッ!?」

「ボクを無視しないで下さい」

女王が杖を私に向けて呪文を唱えていくも途中で突っ込んで来たアマイモンさんの拳を避けるのに意識を取られ身体のバランスを崩した。その隙を見計らって近くにあった氷の粒の元へと向かうと尖った先端が深く食い込む程掌を強く押し付けた。
自分でやるのも怖い。今すぐ叫んでアマイモンさんに助けを求めたい。そんな気持ちを抑え付けて小さく息を吐き出し目を閉じた。
アマイモンさんは私が悪魔を召喚出来ると信じている。ならば応えてみせようじゃないか。アマイモンさんの契約者として。勝手に決められていたものの満更ではない、嫁候補として。
魔法と拳の激しい攻防戦が繰り広げられている中、一息に食い込ませた手を更に強く押し込み一気に引き抜く。冷たい空気の中で肉を裂く感覚を感じ一拍置いて叫びたくなるような痛みが襲いかかり、その中でどろりと温かい液体が溢れ出すのを感じた。ぎゅうと目を閉じて紅い液体が流れる掌と紙を乗せたもう片方の掌を勢い良く合わせてまるで食事の前後にするような格好になった瞬間、頭の中に炙り出しのようにじわじわと召喚呪文が浮かんで来た。目を閉じて手を合わせた儘、私は痛みと寒さに震える唇から静かに言葉を紡ぎ出した。

「"我は願う。汝、我の呼び声に応じ舞い降りたまえ"」

ぴたり。辺りを包んでいた吹雪が止み、女王を前にして雪に埋もれて動きを阻まれていたアマイモンさんが顔を出して雪を払っていき、杖を構えた儘私を見つめる女王はぽかんとした表情を浮かべている。

     フ  ラ  ウ  ロ  ス
「"来たれ64番目の詐称の大公爵 業火を纏う豹の姿となり穏やかに現れたまえ"!」

全ての呪文を唱え終わるやいなや私の手の中の魔法陣が煙に包まれていく。現れたのは底に三角形の魔法陣が書かれたランタンに閉じ込められた悪魔で、その姿は私の呪文通り真っ赤な火を纏った豹の姿だった。

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