城の中枢へ訪れた私達を待ち受けていたのは驚く事に私やアマイモンさんより遥かに幼い十歳位の少女だった。綿雪のようなふわふわしたドレスに身を包み気怠けに氷を掘って作られた玉座に腰掛け、ぶすりと何処か拗ねているような表情を浮かべて此方を睨み付けていた。
少女を見て最初に浮かんだのは小学校の時に理科の授業で習った事だった。雪の結晶と言うのは地域や気候によって形が大きく変化するらしくこの世に同じ模様は無いと言われるのだそうだ。そして結晶達は各々が持つ特徴から幾つかの種類に区分けされる、と。
少女はその言葉通り身体に雪の結晶を纏っていた。其れ等はその理科の授業で先生が方眼紙に貼った写真で見せてくれた種類ばかりで、思わず懐かしさすら覚えてしまった。
シルクのような滑らかな銀色の髪は頭の上でふわふわとした綿雪のように丸められ樹枝の形をした大きな結晶で留められている。もこもことした綿雪ドレスの下には小さな足が伸びて羊歯の形の結晶と氷で削って作られた雫のコサージュがあしらわれたハイヒールを履いていた。頭のてっぺんには濃紺の角板の結晶か埋め込まれた銀色のティアラを付けており、幼い見た目に反して一目見ただけで彼女が女王だと分かる風格が見て取れた。

「…誰かと思えば"地の王"アマイモンか。この"凍る大地"に何用か」

真っ白な肌に映える薄紅色の唇が凛とした声を吐き出す。その瞳がぐるぐると唸り声を上げるベヒモスを捉えるとスッと細くなり、アマイモンさんの隣に立つ私に向けられると更に細くなった。
人間、と吐き捨てるように呟かれた言葉には推測する必要性が感じられない位人間に対する嫌悪が含まれていた。

「"地の王"ともあろう者が…人間に使役されるなど愚行の極み。前々から悪魔の中でも一歩踏み外れたような奴だとは聞いていたが…まさか此処までとは」

「ボクは名前がいい。誰に使役されるかはボクが決める事です」

「悪魔を統べる王として恥ずべき事だと何故分からぬ…!」

氷の床をハイヒールの踵で思い切り踏み付けて立ち上がった氷の女王はさも忌々しそうにアマイモンさんを睨み付けた。そのアマイモンさんといえば女王の射殺すような視線すら受け流すとス、と玉座を指差した。

「その扉と鍵穴を貸して下さい。名前を物質界に帰します」

       グラキアーレス
「断る。この"氷の女王"、人間の手助けをする程落ちぶれてはおらぬ!」

玉座の後ろにはこの広間の入口にある扉程の絢爛さはないが巨大な大木が描かれた扉が有り、その扉には太い鎖と共に私の手の平大の錠前が取り付けられていた。きっばりと拒否の言葉を紡いだ女王にアマイモンさんは顎に指を宛てこきりと音を立てて首を傾け、そしてちらりと私に目を遣ると再び女王へと視線を向けた。

「ウーン…その鍵穴を貸して貰わないととても困るんですが」

「わたしは困らぬ。早急に立ち去れ、もう二度とこの地を踏むな」

「断ります。名前は必ず物質界に帰すと決めたので、ボクは引きません」

これまたきっぱりと言い切ったアマイモンさんの言葉に一層増した女王の殺気にこれで言葉の説得は不可と判断した私はベヒモスを抱き上げてアマイモンさんから距離を取るように下がっていく。
開け放たれた儘の入口の横の壁に寄り掛かるとベヒモスを下ろして私は身体を包む冷気から身を守るようにしゃがみ込んだ。足はともかく、手だけはいつでも動かせるようにしておきたかった。

「何故その人間を庇う…!我ら悪魔が掲げる目標を忘れたかアマイモン!」

「人間と共生する悪魔は少なくありません。それに名前はボクの…将来のお嫁さんでもありますから」

噴いた。色々な物を噴いた。
アマイモンさんの衝撃発言に思わず口から内蔵が出そうになる程驚いてしまった。聞いてない!というか、其れはいつ決まった!というか、私に拒否権は!?
予想斜め上のアマイモンさんの発言に驚いたのは私だけでは無かったらしく、ぽかんと呆けた表情を浮かべる女王に違います!違うんですこれはきっとたまに出るアマイモンジョークに決まってます!とアマイモンさんの発言についての釈明するものの、私の思いはいまいち伝わる事無く女王の顔が見る見る内に紅潮していく。
出でよ、と呟き宙へと差し述べた女王の手中に何処からともなく長い柄の杖が現れる。杖の先端にはこれまた理科の授業で習った扇形の雪の結晶が淡い光を放っていた。

「き、貴様…まさか其処まで人間の女に傾倒するとはな。…良かろう、ならばわたしの手でその女諸とも葬り去ってやろう」

両手で杖を抱えた女王は怒りのあまり小刻みに痙攣する口元を吊り上げて僅かに微笑み、そして扇形の結晶をアマイモンさんへと突きつけた。

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