"凍る大地"とはその名の通り虚無界の不気味な空や荒涼とした大地を雪で呑み込んだ永久凍土の事なのだとアマイモンさんは言った。
先程まで私が緑男や木霊と一緒に居た場所は暑くも寒くも無かったが"凍る大地"に近付くにつれて冷蔵庫の中に入ったかのような肌寒さを感じ、更に土塊に抱えられ永久凍土へと足を踏み入れた瞬間吹き荒れる凍えるような雪と風が容赦無く私達を襲って来る。剥き出しになった儘の腕や足を隠すように身体を縮ませる私にアマイモンさんが緩やかに首を傾けた。

「大丈夫ですよ、名前。直ぐに止みます」

そう彼が言い終わるやいなや"凍る大地"全体を守る様に吹き荒れていた吹雪がぴたりと止み、吹雪のせいであまりよく見えなかった"凍る大地"の景観を確認出来るようになった。彼は魔術師か何かだろうか、そう考えかけて辞める。彼は何処までも悪魔なのだ。
悪魔の住処なんて思えない位に降り積もった雪は虚無界の黒々とした大地を浄化するかのように何処までも白く、雪の上に雪が積もった所に出来る淡い水色の影以外には何の色も存在せず白とは縁遠い色合いの服を纏う私達がまるで異質のように感じられた。
白銀の世界を暫く進むと杉の木が天高く伸びる林へと至る。杉の木の尖った葉には吹雪によって付着した雪が積もっていて既にその姿は見えず、時折ぱらぱらと表面の雪が滑り落ちて宙へと舞う。杉林自体が軒並み低い上に吹雪避けの為か密集して生えていた為、三メートルの巨体の土塊には通る事が出来ず此処から先はアマイモンさんが私をおんぶして進む事になった。
花篭をゆっくり下ろしてもらうとアマイモンさんはワーイと本当に喜んでいるのか分からない抑揚のない声を上げてベヒモスと共に雪へと飛び込んで行く。一メートルは積もっているであろう雪のプールは彼等を優しく、冷たく包み込む。雪の上に花篭を下ろしてもらい土塊に礼を言おうと見上げてみれば泥の色をした彼はいつの間にか雪にすっぽりと覆われて雪だるまと化していた。何故だ。
同行者の突然の変化ぶりにぽかんと口をだらしなく開いた儘固まる私に、雪のプールから顔を出したアマイモンさんがベヒモスを抱えて這い上がって来た。

「土塊に雪が付着すると雪男になるんです」

  スノーマン
「…雪男…」

確かにスノーマンだ。クリスマスに売り出されるグリーティングカードやスノードームによく描かれる典型的なタイプのスノーマン。土塊から緑男、そして雪男。なんだかレベルアップする毎に進化して強くなる育成型RPGが頭の中に浮かんでしまったのは仕方ないと思う。



元・土塊である雪男に別れを告げてアマイモンさんの背中に乗せられ白い息を吐きながら彼に引っ付いてはベスト越しに伝わる体温で僅かな暖を取っていた私は周りの杉林の様子が変わっていっているのに気付くまでかなりの時間を要した。
外敵の侵入を防ぐ為に雪と風を吹雪かせ、その吹雪から自分の身を守る為に作った杉林は先に進む毎に徐々に数がまばらになっていき、杉の木が一つも見当たらなくなる頃には"凍る大地"の中心部である氷の女王の住処である城の正面へと辿り着いた。
城は全て氷で出来ている為か海が青く見えるのと同じように全体的に薄い青を帯びている。日本的家屋のような城ではなく洋風の、ヨーロッパでよく見掛けるようなシンメトリーで丸みを帯びたアーチが特徴的な城だ。ゴシックだかバロックだか…建築様式は分からないけれどきっと今挙げた中のどちらかだろう。灰色だった空は城の真上だけ雲が無くただただ機械的な光が降り注いでいて、雪が積もった城や杉林から零れ落ちる粉雪が光に反射してきらきらと光を放つ。

膝より深く積もっていた雪も城の周りは足が少し沈む位まで浅くなっていたのでアマイモンさんの背中から下ろしてもらい不純物を探す方が難しそうな位綺麗な雪の上に降り立った。改めて城を見てみると分厚い城門や門扉がまるで入って来いと言いたげに全て開け放たれていて少々不気味さを感じる。アマイモンさんに手を引かれ大きく口を開けた門扉から城内へと足を踏み入れた。
偽物とは言えど日光が照らしているのにも関わらず氷に雪が積もっているせいで城の中は暗く藍色の闇に包まれていた。城外に積もっていた雪が光を反射して眩しかったせいで暗闇に目が慣れなくて、アマイモンさんの腕に引っ付きながら通路らしき道を進んでいく。暫く進むと壁や柱にあしらわれていた装飾が段々と派手になっていき、この先に特別な部屋ある事を顕著に示している。通路の途中にも幾つか部屋があるみたいなのだが扉は閉め切られているというか、扉に見立てて氷を彫っただけの飾りのようだった。

大分目が暗闇に慣れてきた頃、やっと通路の奥にある壮麗な扉の前にやって来た。この扉もまた開け放たれていて奥には何者かが居る気配がする。

     グラキアーレス
「あれが"氷の女王"…?」

「はい。女王と名乗っていますが"王"ではありません。ですが賢い上に雪を操る力は強大だと聞きます。気をつけて下さい」

刺すような視線と威圧感を奥から感じ既に心が折れかけていて、もう帰ろうと言いたくなるが私が物質界に帰る為には此処の鍵穴を借りなければいけない。意地でも帰らなければ幽霊列車に乗っていた私を助け出してくれた上、物質界へ帰す為に根回ししてくれたアマイモンさんに申し訳が立たない。
メフィストさんが授けてくれたという虚無界と物質界を結ぶ鍵を握り締めながら、アマイモンさんとベヒモスと共に氷の女王がいる広間の中へと踏み込んで行った。

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