ぺち、と顔に何か冷たい物が降って来る感覚に意識が浮上し閉じていた目蓋を押し上げる。頬に手をやって私の顔に落ちて来た物を見れば其れはガーベラの花だった。一つ二つと降って来るガーベラの花に視線を上へと向けると、花篭の縁に腰掛けたアマイモンさんが膝に置いた妖精が出すガーベラの茎と花を乱雑に引き千切ってはぽとりぽとりと落としていた。

「……名前、名前…」

私の名前を呟いてはガーベラを千切るアマイモンさんは何だか迫力があって一瞬にしてぼんやりしていた頭の中がすっきりクリアになる。勢い良く起き上がった私に、無表情の儘ほんの少し雰囲気を和らげたアマイモンさんが顔を覗き込んで来る。

「名前、おはようございます。帰って来たら既に寝てしまっていたので退屈でした。構って下さい」

「わっぷ!アマイモンさん…え、あの…」

上からダイブして来たアマイモンさんを受け止め損ねたせいで私の身体も再び花の中へと沈む。私がジャケットを着ているのでベストにシャツ姿のアマイモンさんが何だか新鮮に感じる。
構え構えと言いながらまるで犬のように嬉しそうに頭を擦り寄せてくるアマイモンさんのトンガリを撫でて、私は帰って来たのなら起こしてくれてもいいのにと内心むくれてみたが彼に伝わる事は無かった。

「兄上に連絡した所、こんな物をくれました。一度だけ物質界と虚無界を繋ぐ鍵…使い捨てです」

「鍵…」

鍵を寄越す位なら迎えに来て欲しい。そう思いながらアマイモンさんから手渡された鍵を見つめて溜め息を漏らす。鍵といえば鍵穴が無ければ使えない、鍵穴らしきものを探して辺りを見渡してみるもやはりずっと何もない地面ばかりが続いていて、扉どころか建物が建っている気配すらない。

「鍵…何処で使えばいいんですか?」

 グラキアーレス
「氷の女王の城に行きましょう。此処から一日掛かりません」

こうして私は物質界へと帰る為に氷の女王と呼ばれる悪魔が棲む城へと向かう事になった。
     ゴーレム
途中までは土塊が花篭を持って移動し、吹雪が吹き付ける地帯に入ったらアマイモンさんにまた抱っこされて城に向かうらしい。アマイモンさんの卷属の悪魔達は皆優しくてアマイモンさんに拠って喚び出された三メートル近い土塊さんも主人の言うことを真面目に聞いている。
土塊とベヒモス以外の悪魔とは此処でお別れらしい。折角仲良くなれたのに、と名残惜しむように小鬼達の頭を撫でてやる。妖精さんや大木にも礼を言っていると私の妖精さんという呼び方にアマイモンさんがぴくりと反応を示した。

「名前、それは緑男という悪魔ですよ」

緑男と呼ばれると私の手元に居る妖精がニー!と鳴いて反応を示した。緑男…マンって事はこんなに可愛い子達は皆男の子だっていうのか。私が居た世界で話題になっていた「男の娘」というワードが脳裏をよぎった。

「土塊に植物が生えたものを緑男と呼びます」

「えええ…。じゃあこの土塊さんに植物が生えれば緑男になるんですか!?これに!?」

「その緑男達はまだ子供です」

「ええええ」

あれ位の大きさが可愛くて丁度良いのに…そう思いながら土塊さんに抱え上げられた花篭の上からアマイモンさんから教えてもらったばかりの緑男と木霊の名を呼んで手を振って別れを告げた。
此方に来てから大学の勉強ばかり没頭していたせいか、悪魔については無知に等しい儘虚無界に来てしまった。"地の王"として多数の悪魔を従えるアマイモンさんの契約者である以上必要な知識は身に付けるべきだろうと考えながら隣に座るアマイモンさんを見遣ると、彼は緑男に出させた桃に皮ごとかぶり付きながら土塊を進む先をじっと見つめていた。
太陽なんてものは見当たらずただただ薄暗く異様な雰囲気を漂わせる虚無界の空が遠くで僅かに灰色に染まっているのが見える。ふわりと肌を撫でる風は肌寒く"凍る大地"へと近付いているのが分かる。未だ羽織った儘のアマイモンさんのジャケットが防寒具の役目を果たせるとは思えず、最悪凍傷の可能性も捨てきれない。
氷の女王は私達に協力してくれるいい悪魔なのか、私は無事に物質界に帰れるのか…不安を胸に抱えた儘私は土塊に乗せられて灰色の空に覆われた"凍る大地"へと向かった。

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -