正十字学園町、南十字。
早朝からの訪問にも関わらず修道院に住まう男性達は私を手厚く迎え入れてくれた。用件を告げれば暫し彼らは顔を見合わた後、静かに笑った。センセイは奥村兄弟だけでなく修道院の人達にも私の修行に付き合っている事を語ろうとはしなかったらしい。

今、センセイの代わりに修道院の経営を担っている男性にセンセイが眠る場所まで案内してもらった。夏の朝の涼しい風が吹き抜ける中で綺麗に手入れがされた墓石の十字架に引っ掛かった青葉を払えば石には四月からずっと聞いていたセンセイの名前が刻まれていた。

「アサルトライフル、ありがとうございました。修行の時は直ぐに使えたのに、実戦だと全然扱えなかった。センセイの言う通りです」

思い出すのは候補生認定試験の際に理事長から貰ったアサルトライフルだった。流石に持ち運ぶのは危ないので持って来るのは断念したが、騎士團のレリーフが刻まれたアタッシュケースを見る度に身が引き締まる思いになる。
あれを、どうして私に託したんだろう?自分の死期に気付いていたとでも言うのだろうか。答えは永遠に暴かれない、唯一知っている人物はもう居ないのだから。あの世に逝ってもしまた会えたら聞いてみよう、そんな思案を巡らせつつ昨日の夜霧隠先生から貰ったワンカップを取り出しお墓に添えた。

サタンの息子だとバレた奥村兄は昨日私が目覚めた頃に裁判に掛けられ今後の処置について理事長を筆頭にして話し合われたそうだ。結果、半年後に行われる祓魔師の試験に合格する事やその他沢山の条件を付けてやっと解放されたらしい。
寮で休んでいた私を呼び出してワンカップを差し出した霧隠先生も証人として裁判に連れて行かれていたらしく酷く疲れた顔をしていた。

三日間の予定だった合宿は打ち切られ今日は塾で座学の予定だったがやむ無くおサボりさせていただく事にした。霧隠先生曰く本格的な実戦訓練が始まれば今以上に忙しくなるとの事で押し付けられたワンカップの上に手書きの地図が連ねられた塾で使っている印刷用紙の切れ端が乗せられた。きっとこれを書いたのは奥村先生だ、南十字男子修道院と書かれた字は毎日のように黒板で見ている奥村先生のものだったから。

「アタシらの分までヨロシクー」

ひらりと手を振って帰っていった霧隠先生の示すアタシ"ら"とは誰を差すのか、結局分からない儘だった。


花屋で買った花束を横に向けて墓標の前に添えぼんやりと立ち尽くす。和式の墓参りなら子供の頃から何度も行っていたのに、洋式は知識が無いためどうすれば良いのか分からない。
下手な事をしてバチが当たるのは嫌なのでその場にしゃがみ込んで昨日暗闇の中で見たあの映像について考える事にした。

果てる寸前で血塗れになりながらもセンセイが浮かべていた表情は父親の顔だった。奥村先生が天才祓魔師として名高くなって嬉しかっただろうが、それ以上にセンセイは奥村兄の成長を楽しみにしていた筈だ。勿論祓魔師や悪魔としてではなく、何も知らないただただ普通の一般人として。
サタンの息子の存在を隠して生きていくのはさぞ重荷だっただろう、この修道院で神父を務めていたのはそんな自分を戒める為だろうか。…それにしても何故私はあんな映像を見たのだろう。センセイの記憶?それは違う、センセイが亡骸を前に涙を流す奥村兄の姿を死んだセンセイが見れる訳無い。なら…あの記憶は、もしかして。


「名字さん」

墓参りを終え修道院の方に礼を言おうと歩いていると墓まで案内してくれた男性が修道院の門の前で立っていた。礼を言って頭を下げると静かに微笑んで首を横に振ってくれた。そして彼の後ろに隠すように置いていた物を、まるでサプライズでプレゼントを渡すかのように差し出してきた。

「これを」

「……スーツケース?」

「神父からの託けです。女の子が神父を訪ねてきたらこれを渡すようにと」

差し出されたのは旅行に行く際に使う黒いスーツケースだった。騎士團のレリーフが入っている事からしてセンセイの私物らしい。取っ手を付かんで持ち上げてみようとするも重くて一ミリも宙に浮かせる事が出来ない。あまりの重さに思わず呻き声を漏らしつつ早々に諦め取っ手から手を離せば苦笑を浮かべて男性が緩やかに首を傾けた。

「貴方は貴方の信念を貫いて下さい。神父もそれを望んでいます」

次は是非年始に。そう締め括って男性は踵を返して修道院へと戻って行った。彼が開けた扉の向こうで此方の様子を伺う男性達に深々を頭を下げるとまた来いよー、次は燐や雪男も連れて来てくれー!と声を掛けて手を振ってくれた。


寮に帰って来たのは昼前だった。夏休み中は勿論食堂はお休みだし出雲様はコンビニで適当に買うと仰って居たから二人分の弁当を作って、午後から私も授業に出よう。制服で墓参りに行って良かった、次はちゃんと洋式の墓参りの仕方を予習してから行こう。


自室である四人部屋は勿論無人で、夏によくある篭った熱気にじわりと肌に汗が浮かぶ。
そういえば。スーツケースの中身は何なのだろう?胸まである髪をシュシュを使って後ろで束ねながらキャスターを転がして引っ張って来たスーツケースを見下ろす。
スーツケースに重火器を入れるような人ではないから銃の類いではないと思う。何が入っているか分からない為、慎重に横にしてファスナーを開けていく。

「……あ、…っ」

荷物の中身を見た瞬間、鼻の奥がつんとして眼球にじわりと薄く生暖かい膜が張る。潤む視界の中では大量のレポート用紙が溢れていた。
戦闘時に求められる竜騎士の役割。
状況毎の敵への対策。
それぞれの称号を持つ味方へのサポートの仕方。
汎用性が高く普段持ち歩くべき薬草リスト。
万が一薬草切れに陥った時に使える野草の写真やその効能。
手に取れば取る程多方面に渡る手書きで書かれた研究のレポートが溢れてくる。ふとスーツケースの開閉部分の裏側の収納ポケットに手紙が差し込まれていた。
開いた手紙に書かれていた文章にとうとう薄い膜が崩れブラウスやスカートに零れていく。優しい字体で書かれた力強い言葉が泣いてもいいと言ってくれているようで、とうとう私は声を上げて泣き出してしまった。


名前

早く一人前になったお前が見たい

藤本獅郎


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -