焚火の光に寄ってこないのは安全地帯である森から出るからなのだろうか、虫豸の群れが来る心配がない光の側は酷く落ち着く。
ぱちぱちと男子生徒達がせっせと集めていた枝が音を立てて火を噴くのを眺めながら周りをぐるりと見渡す。出雲様、宝くん、霧隠先生も地面に座り込んだ儘微動だにせず各々の時間を過ごしている。
何か気まずいなあ、とそう考えていると森の奥からぼそぼそと経を唱える声とがらがらと車輪の回る音が聞こえてくる。やがて真っ暗な森の木々の合間から顔を出したのは残りの塾生である奥村兄、杜山さんに京都三人組であった。

「なにい!?お前らもうクリアしてたんか!?」

「遅かったわね、使い魔にやらせたわよ。…宝の方が早かったけど」

てっきり自分達が一番早かったと思っていたらしい勝呂が声を張り上げ、出雲様はしれっとした表情の儘膝を抱えて後方で座る宝くんを一瞥する。全員クリアしたのはいいけど、それならさっきの花火は一体誰のものだったのだろう。そしてその花火の元へと向かった奥村先生はどうなったのだろう。そういった不安が混じった感情を抱いたのと、木から小鬼を連れた男の人が下りて来たのはほぼ同時だった。
全員の目が男の人へと注がれる中、小鬼をペットのように繋いでいたリードを外したかと思えば私達に向かって指を差し高らかに小鬼へと命令を下す。

「ゴー、ベヒモス!」

「!?」

予期しない突然の攻撃に私達は思考が止まり咄嗟の判断が出来なかった。ガルル…と低い唸り声を上げて此方へ突進して来る小鬼に向かって霧隠先生が何処からか取り出した刀で宙を一閃すると同時に小鬼が男の人の方へと弾き飛ばれていった。

「待ちくたびれたよ…!」

そう呟いた霧隠先生が指笛を鳴らしたのと同時に昼間私達が描いた魔法円の上から土を押し退けて青白い炎を帯びた蛇が這い出て来た。蛇!?と悲鳴をあげた出雲様が私に抱き付いてくる姿にきゅんとしている間に蛇が孕む青白い炎が目にも止まらぬスピードで魔法円へと広がっていった直後。魔法円自体が光を放ちテント横にいた三体の化燈籠や小鬼、私達へ奇襲を計った男の人をも弾き森の方へと飛ばしてしまった。

「魔法円を描いた時に中にいた者は守られ…それ以外を一切弾く絶対牆壁だ。これで暫くは安全だろ」

あっという間に攻撃され、あっという間に何処かに飛んでいってしまった敵に呆けた儘の私達を呼び寄せ、CCCと書かれた聖水の入ったタンクを抱えた霧隠先生はとんでもない事を口にした。
これからアマイモン襲撃に備える。アマイモンといえば八侯王という地や火、氣などそれぞれの属性を統べる、ただの新米候補生である私達では到底敵う筈のない悪魔である。サタンが魔神と呼ばれるならば、八侯王はさながら悪魔の王様と言ったところか。
布の服から木の鎧に装備を買い替え浮かれている所に突如現れたドラゴンに尻尾で薙ぎ払われ、ぼろぼろになる…そんな想像が頭をよぎりぶるりと身体を震わせると同時にタンクをふりかぶった霧隠先生は私達に聖水をぶち撒けていく。ただ一人、奥村兄を除いては。

「こいつ聖水アレルギーなんだよ」

手を揺らしてけろりと言い切った霧隠先生に奥村兄は肯定も否定もせず、納得がいかないような表情を浮かべ眉を寄せている姿に違和感を覚える。同じく疑心を抱いたのかテントの前でひそひそと話し込む二人を睨み付ける勝呂の姿があった。
先程から合宿前に知らされていた緊急連絡先に何度も電話をしているのだがコール音の先から反応は全く無い。隣では出雲様が他の先生に電話を掛けているがそちらも反応はないらしく溜め息を吐いて終話ボタンを押した。

「ダメ、全然繋がらないわ」

「アマイモン…"地の王"が何の目的で俺達に?」

腕を組んで顔をしかめそう呟いた勝呂に答えられるものは誰も居なかった。ぼそぼそと至る所で交わされる会話以外には何も物音はせず、先程のアマイモンの襲来は疲れからなる夢幻を見たのではないのかと感じられる程。奥村先生も帰って来ず聖水以外にアマイモンから身を守る具体的な術すら見繕えない儘事の均衡は不意に、崩れた。
ふと視界の中にふらりふらりと歩き出した杜山さんが映りこむ。トイレだろうか、それならテントの横に簡易トイレがあるからそちらに誘導しないと出雲様に断りを入れて杜山さんへと近付いて行けば彼女の様子がおかしい事にようやく気付いた。目は虚ろで焦点が合わず、ずっと遠くを見ている。足元は泥酔しているかのように覚束ないというのにまるで誰かに呼ばれているかのように身体を左右に揺らしながら真っ直ぐ歩いている。その先は、魔法円の外。

「杜山さん、杜山さん?」

彼女の隣を歩きながら肩を叩いて名前を呼んでみるも反応はなく、私達は魔法円の外へと進んでいく。溜め息を吐き出しきっと明け方近くで寝惚けいるのだろう杜山さんに心の中で謝る。歩みを止めた私は彼女の細い右腕を脱臼するんじゃないかと思う位の力で引っ張り、更に大声で彼女に呼び掛け起床を促した。

「杜山さん起きて!!」

その声に弾かれたように反応したのは杜山さんではなくテントの周りで待機している塾生達だった。杜山さんは真横で大声を出されたにも関わらず瞳に生気が戻った気配もなかった。どんだけ低血圧なの杜山さん!?心の中でツッコミを入れた瞬間ずる、と足元から嫌な音が聞こえ私の身体が地を滑り出した。足元へと視線を落とすと杜山さんの歩く速度に合わせてブーツの底が土埃をあげて滑っていて、今まさに魔法円から出ようとしていた。待て待て待て、私杜山さんに引っ張られてる?杜山さんってこんなに腕の力あったっけ?

「止めろ!!!」

「もり、やま…さんっ!」

ようやく異変に気付いた霧隠先生の怒号が遠くから響き私は杜山さんの腕を両手で掴むと中腰になって後方へと引っ張る、のだがやはり彼女はびくともせず逆に私の身体がずるずると引き摺られまるで海上スキーを楽しんでいる人のような格好になってしまった。
ぴたり。一心不乱に足を動かしていた杜山さんが不意に歩みを止める。彼女に引き摺られていた私も動きが止まった為腰を上げて杜山さんの肩を叩き改めて彼女を起こそうとした、その時。
頭上から音も無く下りて来たのは先程小鬼を放った男、地の王アマイモン。魔法円ギリギリまで近付いて来た霧隠先生が怒鳴る中で私の背中に冷や汗が滲みだす。
殺される、ただ一つの言葉が私の頭の中を駆け巡り絶望が身体を支配する。明け方とは言え夏が始まり過ごし難い気候になったと言うのに顔から熱が失せていくのが分かる。
きっと今の私の顔は真っ白か或いは真っ青になっていると思う。理由は死への恐怖だけではない、虫豸の卵を植え付け寄生させられた杜山さんを拐いに来たのだろうアマイモンが私を値踏みするような瞳で此方を見ているからだった。

「……ああ!」

「ひぃっ!?」

「思い出しました。そういえば貴女も共に連れて来いと」

言われていました。そう言ったアマイモンは身体を屈めたかと思えば、次の瞬間右腕に杜山さんを座らせ、左肩に私を豪快に俵担ぎにして抱え上げた。彼の肩が腹を圧迫して息苦しさを感じる。
大声を出して叫び出したい気持ちは私の両足を纏めて固定するアマイモンの腕によって直ぐに萎れてしまった。

「ビヨーン」

人間の女二人を抱えた儘軽々と飛び跳ねたアマイモンに振り落とされないように背中にしがみつく。ふわりと浮き上がる独特の嫌な浮遊感の中で目を開ければ眼下では私達を追い掛けて魔法円の外へ出て行く奥村兄や霧隠先生の姿があった。此方を呆然とした表情で見上げる塾生達の中には愛しいあの人の姿があった。
もう会えないのかもしれない、生きて帰れるかどうかも分からない。腹部の圧迫感と恐怖の中で呟いた彼女の名前は吐き出した息に混じって消えてしまった。

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