「それじゃあ、お盆が終わったら戻ってくるから」

「……朴…」

正十字学園の校門前。
スーツケースを車に詰め込んだ朴さんがにこりと微笑むのと対照的に出雲様の表情には何処か陰りがあった。"友達"が傍にいない夏休みは初めてできっと不安且つ不満なのだろう、ぎゅっと中央に寄った出雲様の眉間はなかなか皺が消えない。
そんな出雲様を見て困ったように笑いながら朴さんは自然な動作で出雲様の両手を握った。勿論声には出さないが、心底羨ましい。私はあんな風にどころか出雲様の手をまともに握った事すらないのに。

「…あたし、朴と買い物に行きたかった」

「夏休みが終わる前に行こうよ。名前ちゃんと、三人で」

「あいつも?…し、仕方ないわね。朴がどうしてもっていうなら、三人で行ってあげてもいいわ」

握り合っていた手は離れ片方は車の中へ、もう一人は名残惜しげに手を控え目に振る。仲睦まじげな二人は何処から見ても"友達"で私は小さく溜め息を吐き出した。出雲様への想いが膨らむと同時に友情を育む二人が違う世界に居るような気がして、三人でいる時は自分だけぎくしゃくした態度をとってしまう。

集合場所である正十字中腹駅に着くなり引率である奥村先生と霧隠先生から、合宿についての簡単な説明を施された後徒歩で森林区域へと向かい山とも林とも言えない登り道を登っていく。リュックに詰まれた今日から三日間の拠点となるテントシートのずっしりとした重みを感じながら肩から下げたショルダーバッグを膝で押し上げながらあまり石がごろごろ転がる道を登っていく。途中奥村兄にショルダーバッグの中身について問われたが、暑さと慣れない山道で体力を予想以上に消耗していた私は答える事が出来ず代わりに指で銃の形を作って奥村兄へと向ければ何とか理解してもらえたようで、納得したように一つ頷いてひょいひょいと足取り軽く列の先頭へと踊り出て行く。背中には勿論リュックの他に夕飯の時に使う鍋や飯ごうなどの調理器具が積まれているにも関わらず。

「何気に奥村くんて体力宇宙ですよね」

滝を見つけてはしゃぐ奥村兄を見つめてぼそりと漏らした志摩の呟きに口に出さなかったもののその場にいる塾生は皆同意しただろう。個性が強すぎてばらばらだった塾生達の心が一つになった数少ない一瞬だったと思う。

一時間程登っただろうか。広い平地へと出てくると木々の隙間からちらちらと覗いていた日差しが直接私達の身体を照らす。はあ、と息を吐くとこめかみから顎に向かって汗が垂れていく。霧隠先生に水分補給を促されたのでリュックのサイドポケットに差し込んでいた水筒で氷を入れていた為キンキンに冷えた麦茶を口に含んで暑さをやり過ごした。
一息ついた後男子はテント設営に、女子は魔法陣の作画に入る。じゃあこれと私達に全て任せて近くの木にするすると登っていきあっちいあっちいと文句を漏らす霧隠先生に渡された紙には一つの魔法陣が書かれていた。文字はペンキで書き込み大きい円はロープを使い、小さい円は奥村先生が担いで来た魔法円・印章術で使っているコンパスで魔法陣を順調に作り上げていく。そういえば霧隠先生が魔法円・印章術を担う前に担当してネイガウス先生はどうしたんだろう。霧隠先生は適当に大人の事情ってあしらっていたけど…。ペンキを含んだハケで文字を書き込みながらふふふと楽しげに笑う杜山さんの笑い声がやけに頭に響くの感じる。完成した魔法陣を見ていると何だか胸の奥がざわざわして落ち着かず、木から軽い身のこなしで下りてきた霧隠先生へと視線を向ける。私の顔を見るなり霧隠先生は私の鼻を指で弾いてけらりと笑った。次の瞬間には痛いと呻いて鼻を押さえる私を見つめる顔は真剣、そのものだった。

「名字、お前ずっと藤本獅郎が今どうしてるか知りたがってたよな」

「え?あ……はい」

ぞわり。胸から全身に向かって波がさざめくように焦燥のような畏怖のような、そんな感情が広がっていく。
…私は恐れているのだ。トレーニングルームで霧隠先生や理事長に絡まれた日からセンセイが今何処でどうしているのか、その答えこそ知ってはいけない隠れた真実に触れてしまうという事に薄々気付いていたからだ。

「真実を受け入れる覚悟をしとけ」

何も言わずに私の肩を叩くと先生はカレーカレーと鼻歌混じりに夕飯作りに取り掛かる出雲様達の元へと行ってしまった。直ぐ近くでぱちぱちと音を立てて燃える焚火と皆のわいわいと楽しそうに騒ぐ声の中で奥村先生と奥村兄が揃いも揃って青い瞳で私の事を見つめていた。

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -