・小説ウィークエンド･ヒーローより「奥村燐救済会」ネタ
夏休みを間近に控える一学期最後の日曜日。じりじりと焼けるような暑さの中、未だ空いた一人分の枠は埋まらず三人部屋となりつつある寮の部屋の中で朴さんとチョコレートを分け合いながら互いに荷造りをしていた。
出雲様は朝から私服姿で出掛けていった。理由は分かる、奥村先生に奥村兄の一日家庭教師を頼まれたからだ。私の所にもお誘いの電話が来たが丁重に断っておいた。奥村兄の容量の悪さに薄々気付いていたのも確かに理由の一つなのだが、それよりももっと割合を占める理由というのが志摩廉造だった。奥村兄の勉強を見るという事はまず勝呂も呼ばれるだろう。勝呂が居るという事は九割近い確率で志摩も居るに決まっている。
どうやら私は本格的に志摩が嫌いらしい。いや、正確には言い寄る志摩も言い寄られる出雲様も見たくなかった。
朴さんは終業式が終わり次第一人で私達が色々とあった中学時代を過ごした地元へと帰る。数少ない帰省の機会とあってかこの時期に寮に残る生徒はほんの僅からしい。勿論塾生である私達は簡単な任務をこなしながら次の段階である実戦訓練へと進まなくてはならない。夏休みは塾にとって集中して個人のステップアップが出来る大事な長期休暇なのだ。
先日塾の授業が終わった後、奥村先生から配られた林間合宿のプリントを眺めながらリュックサックに荷物を詰めていく。合宿に必要な弾はどれ位なのだろう。手持ちの弾薬の残りも僅かとなり、新しく仕入れなければならないが私は祓魔師の資格はない為武器を仕入れる事は出来ない。確か杜山さんの家は薬草を中心とした祓魔師に必要な武器の仕入れもしていた筈、今度奥村先生に事情を話して私の分の弾も買ってもらおう。
奥村先生が使っている銃よりも一回り小さい銃を大きめのウエストポーチに弾と一緒にしまいリュックの隣に置けば大体の荷造りは終わった。
「んーっ…！終わったぁー」
「お疲れ様です。少し休憩しましょうか」
「名前ちゃんも終わった？合宿の荷造り」
「はい。丁度、今」
朴さんと二人で並んで部屋の真ん中で大の字になって寝転がる。出雲様が見たらだらしない！と怒声が聞こえてきそうだが、あの人は今薄気味悪いとドン引きしていた旧男子寮だ。今頃奥村兄の出来の悪さに四苦八苦していることだろう、ああ、そんな出雲様も愛おしい…。
「あっという間に夏休みだねぇ」
「夏休みの課題、先に配られて良かったですね。貰った分はもう終わらせちゃいました」
「えっ、嘘。まだ夏休みじゃないのに、ずるいよー」
「やったもん勝ちってやつです」
二人でだらだらと小学生ではよくある朝顔の観察日記をつける宿題でうっかり朝顔を枯らせてしまった事や、中学生の頃に出雲様が夏休みの自由研究で近所の野良猫の観察日記を提出した事を他愛もなく話してはうふふあははと笑いあう。同時に珍しく出雲様と口論になってしまい落ち込む私に、友達は大切にするもんだと言って髪の毛をわしゃわしゃと撫でてくれたセンセイの記憶もぼんやりと浮かぶ。センセイの事について知りたいと願えば願う程に私は禁じられた領域にどんどん踏み入ってしまっているように感じる。ただ、私はセンセイに一目会いたいだけなのに。
身体の下の床がぬるくなるのを感じながらぼんやりと天井を見上げていると私の机の上に置いていた携帯から今流行りの女性シンガーの曲が流れだす。これは出雲様からの電話だ、むくりと身体を起こし膝立ちの儘机に近寄り電話を取ると電話の向こう側は酷く騒がしかった。
「もしもし」
「ああ…名前？アンタ今何処にいる？」
「寮の部屋で合宿の荷造りしてました」
「なんでもいいからＴシャツ持って来て。この部屋エアコンも無いのよ、ホント信じらんない！」
暑さを訴えぷりぷり怒る出雲様の声の後ろで断末魔が響く。肩痺れるほんま子猫さん堪忍！…これは志摩の声だ。私の脳内で急速に思考回路が回転し断末魔を意識の外へと追い出す、今は出雲様との会話中だ。
携帯を持ち直しながら出雲様の箪笥にお邪魔して引き出しを開けていくと白地に黒猫のプリントが入ったＴシャツを見つけたのでそれを引っ張り出して百均で購入した小さな紙袋に詰める。朴さん誘って二人で伺いますねと言えばそこでぷつりと電話が切れた。携帯を閉じると寝転がっていた朴さんが僅かに身体を起こして此方を見上げてくる。
「出雲ちゃんから？」
「エアコン無しで缶詰状態らしいです。服がもう限界だとエスオーエスが」
「冷えぴた買って三人で首に貼ろうよ」
「さぞかし極楽でしょうね」
財布と紙袋を持って立ち上がると二人で割り勘ね、と財布を持った朴さんが笑う。きっと後で朴に金出させるんじゃないわよなんて出雲様に怒られるのだろうけど、どうしてだろう？
何だか楽しくて仕方がなくて、朴さんへと向けた私の頭は自然と縦に一つ頷いていた。