そうだ、これはきっと夢だ。私は今最高に心地良い夢を見ているに違いない。

蝉や蛙の声も無い夏の夜。無事何事も無く初任務を終えて帰って来た私は夕飯を食べた後に風呂に入っていると、脱衣所で出くわした朴さんから寮長が呼んでいる事を聞いて、失礼ながらタオルを肩に掛けた儘寮長室を訪れた。そして其処で告げられた内容に暫く口を大きく開けた儘固まってしまった。
出雲様と朴さんの部屋の新しい入室者は君が良いんじゃないかと思って。にっこりと笑ってそう言った寮長さんの言葉を理解するのにかなり時間が掛かった。
私が、出雲様と、同じ部屋。夢にまで見た同室で生活という心の中でひっそり抱えていた野望、四月に出雲様と同室になったギャル達へと向けていた羨望、ギャル達の退室後寮長に出雲様の部屋の人選についてお話しに行った時にいっそ私を選んでくれとお願いしたくなった衝動…全て溢れ出て来て私の感情は一瞬抑制がきかなくなった。

「う、わ、わ」

「どうしたの、名字さん?」

「あ、あ、ありがとうございますっ!」

じわりと浮かんだ涙を隠すように腹から声を出して叫びながら深く頭を下げると、神木さんの手綱を握れるのは朴さんと名字さんしか居ないものと寮長さんが笑った。


夢…にしてはリアルだ。ゾンビが蔓延る町の中を自転車で駆け抜けた夢より遥かにリアルだ。何処か夢気分が抜けきらない儘私はルームメイトの三人に部屋を移動する旨を伝えて部屋の片付けに取り掛かった。優しいルームメイトさん達は私の移動を惜しみつつ私の簡単な荷造りと荷物を運ぶのを手伝ってくれた。但し出雲様が怖いらしく荷物は廊下までという条件付きで。其れでも四人でやれば一時間も掛からずに荷物は全て移動出来るし、荷物は学園と塾の教材とセンセイからの重火器が大部分を占めるので片付けは塾や任務の後や土日に少しずつやればすぐ終わるから問題無い。
後でルームメイト三人にジュースとお菓子でも買おうと考えながら教材を抱えてたった三ヶ月程でおさらばとなる部屋を出た。

「はぁあ?何でアンタになったわけ?」

「知らない人よりは良いよ、私あんまり人付き合いは得意じゃないし…」

荷物を持って出雲様の部屋に入り、課題をやっていたらしい出雲様と朴さんに新しくこの部屋に入るのは私になった旨を伝えると二人は各々二人らしい反応を返してくれた。寮長からの部屋の移動を認める書類を見せて盛大にドヤ顔をした私に出雲様は鬱陶しそうに表情を歪め、朴さんは良かったね名字さんと言って喜んでくれた。
荷物運びを手伝ってくれたルームメイト達に後でお礼する旨を伝えて私は鞄に入れっぱなしだった二つ折りの財布を取り出した。コンビニに行くので何か入り用の物が有れば買って来ますよ、と声を掛けると早く片付けなさいよと小言を漏らしつつもシャーペンを動かす手を止めて暫く考え込んだ出雲様からシャーペンの芯と返って来た。荷物の中からサンダルを引っ張り出しながら朴さんへと目線を向けると彼女は遠慮がちに私はいいよと首を横に振った。

「アイスでも買って来ますよ。最近暑いですし」

「何でもいいけど棒アイスね。変なの買って来たら容赦しないからね」

返事代わりに敬礼をして部屋を出て行く私にあとフルーツ牛乳、とお馴染みの注文が背中から浴びせられた。


静かで少し蒸し暑くなってきた夏の夜空をサンダルをつっかけて駆け抜けて行く。空を見上げれば満天の夜空が広がっているが生憎天文学には疎い為どれがどういった星座なのか、全く分からない。
年頃の女の子にとって星座なんてものは雑誌の後ろに載っている『星座で見る今月の運勢』を見る為の己の一つのステータスにすぎない。兎に角山か海で遭難したとしたら北極星すら分からない私は迷いに迷う事だけは決定事項だった。
チープなチャイムと共に外も中も眩しい照明で照らされているコンビニの中へと入る。灰色の篭を提げてアイスコーナーを覗き込むと夏らしいスイカを模したバーアイスと、これまた魅力的なオレンジの果肉入りのシャーベットのバーアイスがあった。少し迷った後、今度また買おうと自分に言い聞かせて三百円程のバニラアイスをチョコレートでコーティングしたバーアイスのファミリーパックと称し小さなサイズのアイスが六つ入った箱を取り出し篭に入れた。

「わあ、可愛い!」

ふと製菓コーナーを通ると出雲様や朴さんが好きな猫のキャラクターのマスコットキーチェーンが売られていた。可愛らしくデフォルメされた猫のキャラクターは可愛い物が大好きな出雲様の心を鷲掴みにしているニクイ奴だ。袋の裏に載っている全六種類のカラーを参考にしつつ袋の透明な部分から色を確認していく。色はピンク、紫、白…あれれー?何だか頭の中ににやにや笑う髭面ピエロが浮かんで来たぞー!頭を左右に揺らして脳内でバチコンとウインクしてくるピエロもとい理事長を消して、白と紫共に丁度見つけた黒を篭に入れた。
出雲様からのリクエストであるシャーペンの芯を篭に入れてレジに向かい会計を済ませてコンビニを出るとむわりとした暑さが身を包み思わず眉間に皺が寄る。さあ帰ろうと思って歩き出すと勢い良くコンビニの扉が開き背後から声を掛けられた。

「ちょ、待てや!名字!」

「…は?」

ドスの利いた低い声で名前を呼ばれ何事かと振り返る。出雲様を守る為に高校に入ってからも少々色々やらかしていた為、私の事を少なからず良く思っていない輩は居るだろう。しかし男子生徒に喧嘩を売るような事はしていない筈だ、但し志摩を除く。
背後から照らすコンビニ内の明るい照明のせいで顔は良く見えなかった。しかしこの背丈、体つきは見覚えのあるものでポーチを開ける用意をしながら身体ごと振り返った私は思わず叫び声をあげてしまった。

「ぎゃぁああゴリラァアア!!」

「ちゃうわ阿呆!俺や俺!」

すぱこーん、と買ったばかりの団扇で私の頭を叩きながら怒声をあげたのはゴリラではなく勝呂だった。

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