無事候補生試験に合格した私は出雲様をお守りするという目標の為にまた一歩祓魔師への道を歩んでいく。
日曜日、私は初任務の要請を受けて様々な薬草が栽培されているビニールハウスへと来ていた。竹製の笊と一緒に薬草のリストを渡されリスト通りに薬草を摘むのが任務だと任務の指導役を担った木下さんから指示された。

「あの、何で私がこの任務を…?」

「えっ?奥村先生が名字さんは薬草学の成績が良いからこの任務に向いてるって…」

木下さんの言葉を聞いて心中で舌打ちする。兄の方はさっぱり勉強出来ないのに弟は天才祓魔師と呼ばれるだけあって色々と鋭い。塾のテストで出雲様の点数を抜かないよう手を抜いて七十点代を保っている事がバレてしまっているようだ。頭が良いのは構わないが妙に聡いのはあまり得意ではなくて、奥村先生と同様に妙に勘が鋭い勝呂や志摩にも以前から苦手意識を持っていた。
リスト通りに指示された薬草を指示された通りの数だけ摘み取っていく。日光をふんだんに浴びてしなやかに伸びた薬草が出雲様なら、その横に生える雑草が私だ。薬草の葉を摘み取るように、いずれ何処かの誰かが出雲様を奪っていってしまうと思うとどうしようも無く悲しかった。
この気持ちを伝えるつもりはない。振り向いて下さらなくてもいい、ただこの命が尽きるその時までお傍に置いて欲しい。一年間に渡る厳しい練習を乗り越えられたのも、その想いが支えだったからだ。但し自分が恋愛に目覚めるとは予想外だったけれど。

「祓魔用品店でも薬草は扱っているけど…皆は直ぐ手に入るこのビニールハウスは便利だって言ってくれて。作って良かったなって思ってるの」

「このビニールハウス、木下さんが作ったんですか?」

私は顔を上げて肥料を撒く手を止めて不意にぽつりと呟いた木下さんを見上げた。篭を地面に置いて立ち上がると木下さんはにっこりと微笑んで頷いた。
ビニールハウスは小さいものの植えられた薬草達は軽く二十種は越えているしどれも丈夫に根付き葉を伸ばしていて、時間を掛けて作り上げられた印象を抱く。これを一人で作るには相当の労力と時間が掛かっただろう。

「正確に言うと作ろうって言い出したのは藤本神父なの。それで私と奥村先生と三人で二年前から作り始めたの」

「…センセイが?」

意外な事実に私は耳を疑ってしまった。センセイからは銃の練習の合間に薬学のいろはも教わっていたが、まさかこんな本格的に緑を愛でる趣味があったなんて。普段からあの物臭で面倒な事を避けたがる印象が強いせいで薬草畑作ろうぜ、なんて言い出す姿が想像出来なくて眉間にシワを寄せると木下さんが手に嵌めた軍手を外して名字さんは藤本神父の弟子だったのよね、と言ってくすりと笑った。

「塾では対・悪魔薬学の先生だったから…神父から薬草について学ばなかった?」

「薬学の先生だったんですか…」

この塾に居るとセンセイの知らない一面を知る事が出来た。実は最強の祓魔師、聖騎士に任命されていた事や南正十字にある修道院で神父をやっていた事、奥村兄弟の育ての父親で彼を息子として接していた事…。
私の事は既に騎士團日本支部に所属する祓魔師達の間で知られていたよいで、初めて会う人にまでセンセイの事を話される、その度にまるで知らない誰かの事を教えて貰っているような気分になり、私は曖昧に笑って誤魔化す事しか出来なかった。
リストに書かれた薬草を全て摘み終え、木下さんに渡すと今日の任務はこれで終わりだと言い渡される。この薬草畑に入れるのも暫く無いのかと思うと何だか寂しくなり、また此処に来たい旨を告げれば木下さんは嬉しそうに微笑み懐から使い込まれ所々塗装が剥げている金色の鍵を出して私に渡してくれた。

「これで此処に来れるから。また一緒に薬草摘もうね」

優しい表情でそう言ってくれた木下さんに私はこくりと頷いた。出雲様がいらっしゃらない日は此処に来よう、そう考えて私は渡された鍵をぎゅっと握り締めた。

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テーマ「人外ファンタジー」
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