出来るだけ屍番犬と距離を取りながら太く深く張り巡らせた木を潜り抜け出雲様達の元へと向かう。
勝呂は詠唱中、杜山さんは緑男を両手に乗せて屍番犬の侵入を防いでいる。志摩は珍しく応戦する気らしくお坊さんが持っているような杖を構えているが、白狐を喚び出せない出雲様は勝呂の横で自分の腕を抱き締め小さく震えていた。宝と山田は…やはり何一つ行動をしていない。

「奥村は?」

「囮になる言うて…もう一匹の屍と一緒に出て行ってしまいました」

弾を全て使い切った為ウエストポーチから新たなマガジンを取り出し付け替えながらこの場に居ない奥村について聞くと三輪が強ばった表情の儘答えてくれた。
月明かりに照らされた皆の制服は所々赤茶色の飛沫が点々とついていて、聞くまでも無く屍番犬の体液だという事が分かった。
替えは残り一つとなったマガジンをいつでも取り付けられるように床に立てて置くと、後ろから出雲様が四つん這いで近寄って来た。

「名前…な、んで来たわけ!?あ、あたし昨日…アンタに…」

「…出雲様が呼んで下さったので、来ちゃいました」

「!」

「私、八つ当たり程度で出雲様から離れていく程うっすーい忠誠心は持ち合わせていないんです」

ずっとお側に居ますよ。にっこりと微笑んでそう言ってみせると、出雲様の瞳が大きく揺らぎ見る見る内に薄い涙の膜が覆っていく。唇を噛み締めてふるふると震える出雲様に何故かドキリと胸が高鳴るのを感じ心の中で首を傾けていると、ドサリと何かが倒れる音と共にバリケード役だった木が消え去る。見ると杜山さんが床に倒れ込み使い魔の緑男も力を酷使したせいか気を失っている。

「出雲様、杜山さんを!」

「言われなくても分かってるわよ!」

私達を隔たる物が無くなったと気付くと屍番犬は真っ先に詠唱中の勝呂へと襲い掛かる。アサルトライフルを抱え直す私より先に志摩が踊り出て杖で屍番犬の左肩を突く。
その隙に杜山さんを出雲様に任せるといつものような鋭い返事が返って来た。弱った出雲様も素敵だけどいつものツンツンした出雲様がいい、そう思いながら屍番犬と対峙する志摩に声を掛けた。

「志摩!其処から一歩たりとも動くなよ!」

「名字さん、俺にも出雲ちゃんみたいに敬語で話し掛けてや!」

志摩の要らない叫びを再びスルーして、ガシャッと銃口を向け息を止める。落ち着け。悪魔の弱点である尻尾を重点的に、下半身を射抜けばいい。最悪当たるだけでもいい。
そう考えながら引金を引き、二つ目のマガジンを消費しながら屍番犬の足や尻尾に弾を撃ち込んで行く。野太い悲鳴を挙げた屍番犬は志摩の杖を払い退けて私に向かって拳を振り下ろす。
最後のマガジンを掴んで思い切り床を蹴りスライディングして間一髪拳を避けて勝呂の真横に滑り込む。ブチブチと音を立てて屍番犬の頭部の継ぎ接ぎが繋ぎ合わせた縫い糸が徐々に千切れていくのを眺めながら、センセイと一緒に何回も練習したお陰で手元を見ずに手早くマガジンを交換する。
これが最後の攻撃。気合いを入れ直して銃を構え直すと同時に屍番犬の頭部が破裂する。破裂した頭部から体液が飛び散り私と勝呂の身体にパタパタと飛散する。

 タマユラ ハライ
「"靈の祓"!!」

出雲様の凛とした声で召喚された白狐が屍番犬の胴体を覆い攻撃を加える。同時に引金を引いて開いた頭部を撃ち抜く。バラバラと薬莢が金属音を立てて床に落ち、屍番犬が再び野太い悲鳴を上げ開いた頭部を押さえて踞る。

「やった……!?」

弾かれた杖を拾い上げた志摩が声を上げ、私達の間に勝利を確信する雰囲気が漂う。しかしその僅かな希望は屍番犬の腕が詠唱中の勝呂の頭を掴み上げた事により一気に焦燥へと変わる。何とかして勝呂を助けなければという一心で立ち上がると腕を振り上げ身体を捻る。

「あ゙ぁあっ…どっこいしょ!」

屍番犬の腹を野球のバットに見立てたアサルトライフル自身で殴る。私が身体を捻る事により遠心力も加わった渾身の一撃にメゴォ、とくぐもった声を出し僅かに勝呂を捕らえる力が緩む。と同時に暗かった室内の電気が点り蛍光灯が私達を白く照らした。
光が弱点の屍番犬は怯み、開いた頭部が蕾のように閉じて行く。
その隙に頭部と胸倉を捕まれた儘勝呂が詠唱を続けていく。

    シル     フミ
「"その録すところの書を載するに耐えざらん"!!」

詠唱が終わった瞬間に屍番犬の身体は内側から破裂し塵と化して消えて行く。どさりと膝を突いて放心する勝呂に慌てた様子の三輪が近付いて行く。

「倒、した」

目の前にいた悪魔はもう居ない。ぽつりと呟くと勝呂や三輪、志摩に出雲様…皆の表情が僅かに和らいだ。
目的は果たした。悪魔を倒す事は出来なかったけど、出雲様を守る事が出来た。そう思うと急に身体の力が抜けて、私も勝呂のように膝を突き腕から滑り落ちたアサルトライフルががしゃんと控え目な音を立てて床に落ちた。
急に目頭が熱くなって下を向く。唇を噛み締めながら床に横たわるアサルトライフルの銃身を撫でる。有難う、私、勝てたよ。悪魔には勝てなかったけど、恐怖に怯える私自身に打ち勝つ事が出来た。

『よくやったな、名前!』

センセイの優しく褒めてくれる声が聞こえたような気がして、今頃になって痛みが戻って来た包帯まみれの右手を握り締め細やかな喜びを噛み締めた。
視界の端で勝呂にラリアットされた奥村が吹っ飛んだのは敢えて見ない振りをした。





「あの強化合宿は候補生認定試験を兼ねたものだったのです!」

声高らかにそう言い放ったのは私にアサルトライフルを与えてくれた髭面の男性だった。男性の名はメフィスト・フェレス。メフィスト・フェレスといえば正十字学園の理事長にしてこの祓魔塾の塾長…名前は知っていたがまさかこの人だとは思わなかった。
身体に力が入らなくて後ろに倒れ込むと誰かが私の身体を支えてくれた。上を見上げれば受け止めくれたのは出雲様だった。

「……顔、真っ赤で逆上せてるみたい」

膝立ちになって私の頬を撫でてふわりと呆れたように笑った後、照れ臭そうに有難うと呟いた出雲様にきゅんと心臓を鷲掴みにされる。頬に熱が集まって、やだ顔が近いです出雲様……って、あれ?あれ?何で私ときめいてるんだ?こう、乙女みたいにきゅんきゅんして…え?え?これってもしかしてのもしかして…?

「えぇぇー!?」

「やだ、う、煩いわよ名前!」

不意に芽生えた恋心に驚いたのは私自身で思わず声を上げてしまい、其れを聞いた周りの塾生や祓魔師達が此方に注目する。
礼を言った事に驚かれたと思ったのか出雲様は目をひん剥いて怒り私の頭に拳骨を落とし、私の意識は其処でぷつりと途切れた。

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