覚束ない足取りで朴さんの近くに寄ると、朴さんが心配そうな表情で身体を起こそうとしたので大丈夫だからと制してベッドの横に背中を預けて腰を下ろした。
意識も時間もほぼ無いため早々に本題に入る。浴場で出雲様との間に起こった事を聞けば塾を辞める旨を打ち明けた事、私が休んでいる時の体育実技の授業で勝呂を馬鹿にした事を指摘した事を話してくれた。

「…私、出雲ちゃんの友達失格だよね…」

沈んだ声でぽつりぽつりと話す朴さんが何故そう考えるのか分からなかった。友達には定義は無いのだから出雲様と朴さんなりの友情関係を築けばいいと言えば、朴さんは僅かに表情を曇らせた。

「名前ちゃんは居ないの…?」

「はい」

「出雲ちゃんや、私と…友達になるのは…嫌?」

「私…友達居た事がないから、友達の大切さが分からないんです」

事実を其の儘述べて立ち上がる。私が部屋に居ない事に気付いたらしく、寮の外で私の名前を呼びながら探し回る杜山さんの声が聞こえる。見つかる前に部屋に戻らないと、と考えながら朴さんを見下ろすと彼女はまるで憐れむような瞳で私を見ていた。



閉めていた筈の窓からそよそよと風が吹き込むの感じてうっすらと目を開ける。朴さんと話したのは昼前だったのに動き回ったせいか部屋の中はすっかり暗くなっていた。

「貴女が名字名前さんですね?藤本獅郎を師と仰ぎ竜騎士としての基礎を教わったと聞きましたが」

頭上から降って来た声に目線を上に向ければ白いスーツにピンクと紫のストライプ柄のタイツ、白いシルクハットを被った髭面の男の人が私を見下ろしていた。
今、この人は藤本獅郎と言わなかったか?

「あの、センセイをご存知なんですか…?」

「ええ、ええ!私、藤本獅郎と知り合いでして。彼に頼まれて貴女に届け物をお持ちしました」

センセイの知り合いを名乗る男性は窓の外に置いていた銀色のアタッシュケースを持って部屋の中に降り立った。アタッシュケースは私がセンセイから譲り受けたものより三倍の大きさはある。
重い身体を起こした私に見つめて男性は静かに口を開いた。

「貴女は大切な人を守る覚悟はありますか?」

「……あ、あります!その為に今まで、私…!!」

「ああ…泣かないで下さい。貴女にはまだ色々足りない物が有ります。しかし其れ等はこれからじっくり学べばいいのです、この祓魔塾で。ただ、今貴女に一番必要なのは」

力です。男性はそう言って私にアタッシュケースを突き出してきた。センセイからの届け物…。どうしてセンセイ自身が会いに来てくれないのかは分からないが、そんな事を考えている余裕も無く私はアタッシュケースを受け取った。
ずしりと腕や肩に掛かる負担はいつもより重く思わず床にがつんと底をぶつけてしまう。

「これから寮内のとある一室にて"実戦を兼ねた訓練"が行われます。寮全体のブレーカー落とし中級の悪魔を放つので、訓練生の皆さんにはその悪魔を退治していただく」

「悪魔…昨日の、屍番犬…?」

「訓練は間もなく始まる。貴女の力もきっと必要になるでしょう…名字さん、貴女の大切な人を守り抜いて下さいね」

ばさりとマントを翻して男性は窓枠に足を掛ける。此処は三階だから危ない、と言う前に男性は窓の外へと下りて行ってしまった。…どうして貴方が訓練について知っているのか、聞ける間も無く去ってしまった。
風のように現れて去って行った人にぼんやりと呆けていると明かりが点けっぱなしだった廊下の電気が急に消えて階下から塾生達の悲鳴が聞こえて来た。

「……訓練、始まった…?」

貴女の大切な人を守って下さいね。男性の言葉が頭の中でわんわんと響いてくる。出雲様が昨日のように危険な目に遭っていると考えるとぼんやりと掛かる頭の中の靄が一気に消え去り、急に思考が良く回りだす。
出雲様を助けないと。その一心で立ち上がるとアタッシュケースの取っ手を掴む。鉛のように重かったケースはまるで羽根が生えたかのように軽く感じた。



廊下に出て階下に向かう途中階下から突き抜けたような破壊音と共に誰かが走り去って行くと其れを追い掛ける咆哮が聞こえたので、襲撃に備え一メートル程のアタッシュケースの蓋を開いた。
…結論から言おう。センセイから託されたアタッシュケースの中身はアサルトライフルだった。
拳銃とは比べ物にならない自動連射機能を備え軍用として開発されているものも多数存在する。アサルトライフルは比較的扱い易い銃の類いに入ると思う。

アサルトライフルとウエストポーチに二十発の弾が取り付けられたマガジンが三つ。弾数が心許なく、不安要素が残るが文句を言っている場合ではない。ウエストポーチを腰に巻き、マガジンを取り付けてしっかりとグリップを握ると二階の廊下を壁伝いに慎重に進む。
暫く進むと、とある一室のドアが粉々になり一部壁が破壊されている部屋を見つける。中からは屍番犬の唸り声と勝呂と三輪の詠唱が聞こえる。どうやら致死節を唱えて退治しようとしているらしいが、この状況だと圧倒的に不利だろう。
出雲様は白狐を出せないし、志摩も詠唱騎士を目指しているから使い物にならない。杜山さんの緑男なら何とか出来るだろうが精々足止めで精一杯だろう。いつも非協力的な山田や宝が何かをするとも思えない。唯一座学はてんで駄目な癖に実技は得意な奥村が頭に浮かぶが肝心の彼のいつも騒がしい位に響く声は聞こえない。恐らく先程廊下を走って行ったのは奥村だろう。

そう考えると、男性の言った言葉が現実味を帯びて私に襲いかかる。
グリップをぎゅうと握り、どくどくと脈打つ心臓や急にがくがくと震えだした膝に落ち着けと指示を送る。
絶対に塾生を撃ってはいけない。そう考えれば考える程に私の腕に震えが伝染しガタガタとアサルトライフルが震える。
銃の扱い方を習ったとはいえ相手は昨日大敗した屍番犬。あの気味の悪い腕で首を締められる感覚が蘇り僅かに喉元の傷がずきりと痛む。
怖い。幾ら訓練と言っても、暗闇の中で再び屍番犬と対峙する勇気はすっかり抜け落ちてしまった。
この儘戻ってしまえば、なんて気持ちが後ろ向きになり始めた時、私の耳に出雲様の声が入り込んで来た。

「名前!早く助けに来なさいよ!!」

普段からプライドが高くて助けなんか絶対に呼ばない出雲様。そんな出雲様が私を必要としてくれている。

「役立たずなんてもう言わないから…早く、来てよ…っ!」

悲痛な叫び。私を呼ぶ声。
貴方の盾になりたい。そう思って一年間練習を積み重ねてきた日々が走馬灯のように駆け巡る。

私の頭は無になり、感情私情を一切排除し淡々と目の前の出来事を処理し適切な行動を選択する。
入口が大破した部屋の中に震えが止まった身を滑り込ませれば、塾生達は部屋の奥て固まって座り、杜山さんの緑男が木の根のようなものでバリケードを作り入口側に居る屍番犬の侵入を何とか阻止していた。


「たけやぁぁああああ!!」


頭からの冷静な指示に従い身体は動きバリケードに囲まれた屍番犬に銃口を向ける。
出雲様に私が来た事を伝えたくて、パッと心の中に浮かんだ一文の半分を腹の奥から思い切り叫ぶ。
窓の外から入り込む月の光に照らされて、唯一立っていた志摩が杖のような物を構えながら驚いた表情を浮かべた。


「さおだけぇぇえええっ!!」

「ぞええ!?何やのその掛け声!」


もう半分を叫ぶと派手にずっこける音がして志摩がツッコミを入れて来た。そのツッコミを綺麗にスルーし私は引金を引き屍番犬に最初の二十発を全て打ち込んだ。

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