エクソシズム
私が初めて悪魔祓いの存在を知ったのは中三の春に出雲様が朴さんに"高校は一緒に正十字学園に行こう。学園にある祓魔塾に通って祓魔師になる勉強をしよう"と誘っているのを聞いた時だった。
直ぐにネットで調べた所、出雲様の志望校の正十字学園には祓魔塾という悪魔祓いを学ぶ塾があり、祓魔師認定試験に合格すると正十字騎士團に所属される事を知った。
祓魔師になるには五つの称号の中の何れかを取得する必要があるのを知るなり、一番最初に試したのは手騎士だった。
図書館にあった魔法円の略図を写して自分の血を使って呪文を唱えてみたが、何も出る事はなかった。私は魔法円・印章術を学ぶ前に、自身に手騎士の才能が無い事を知った。
詠唱に時間が掛かる上、戦闘時は無防備になるデメリットから直ぐに詠唱騎士も候補から消えていった。

騎士について調べた時に魔剣に憑き殺された人の資料を読んでしまい、あまりのグロさに騎士は絶対になりたくないという先入観を抱いてしまった。現にたまに騎士を目指すという奥村と資料のグロテスクな写真が重なって嘔吐きそうになる。

残すは医工騎士か竜騎士となった時、私の頭に浮かんだのは出雲様をお守りするという使命感だった。それは中一の時、廊下でいじめられていた私を助けてくれた出雲様を見た瞬間からずっと私の心の根底で根付いていた唯一芯の通った感情だった。

怪我の治療は学校の授業で習うような最低限の知識で抑えて、竜騎士としての実力を集中的に伸ばしていこうという結論に至った。
そしてその日から私は毎日学校が終わり出雲様の荷物を持って家までお送りすると真っ先に射撃場へと赴き射撃場が閉まるまでひたすら引き金を引き続けた。
射撃場に居た顔も知らない竜騎士の称号を持っているという祓魔師の方に必死に頭を下げ弟子にしてもらい、夜中や休日も返上してひたすら練習に明け暮れた努力は約一年で銃という銃を網羅し投擲型の武器も一通り扱えるようになるという結果をもたらした。
…あんなに付き合ってもらったのに、私は大切な人を守れなかった。…ごめんなさい、出雲様。…ごめんなさい、センセイ……。


ちくりと腕に何かが刺さる痛みに反応した意識が浮上していく。
身体が重くて、熱い。瞼すら持ち上がらなくて小さく唸ると名字さん、名字!と上から二人の声が降って来る。どちらも私の求める人のものではなくて思わず溜め息が漏れた。
たっぷり時間を掛けてやっとの思いで瞼を押し上げると私はベッドに寝かされていて、固い表情の奥村先生と心配そうな表情を浮かべた奥村が同じ色の瞳で此方を見ていた。

「わ、たし…」

声を出した所で喉がくっついているような感覚に陥り思わず咳き込む。奥村先生に吸いのみで水を飲ませてもらいようやく喉の渇きが癒え息を吐き出した。目を横にずらすと向かい側のベッドに杜山さんの荷物があった。どうやらあの後意識を失った私は宛てがわれた部屋へと運び込まれたらしい。

「魔障を受けた右手も首も重傷です。発熱、体の怠さもまだ暫く続くでしょう」

額に冷却シートを貼りながら淡々と言葉を紡ぐ奥村先生の言う事を聞きながら左腕を見るとブラッドバンが貼られていて、先程感じた痛みはこれかとようやく納得した。
続いて右手を持ち上げてみると指先から手首まで白い包帯で覆われていた。思ったより傷は深いらしい、屍系の悪魔は暗闇だと動きが活発になるからあの戦闘は私が圧倒的不利だった事が今になって漸く理解出来た。
ベッドに運んでくれた事や手当てをしてくれた事も含めて礼を言うと、奥村先生が眼鏡を押し上げながら私のアタッシュケースの蓋を開けた。

「名字さん、竜騎士志望の新米訓練生にしては小型の拳銃から散弾銃まで…やけに装備に念を入れていますね。何故ですか?」

「…出雲、様が…万が一危険な目に遭った時に…守れるように…」

「何故今回の合宿にこのような装備を持ち込んだんですか」

「……先生、この世で安全な場所なんて…ないんですよ…」

この学園も。そう言えば先生が僅かに眉を潜めた。先生はどうやら私を疑っているらしい。でも、私は疑われるような事はしていない。
ナイフや銃についての入手経路をしつこく聞かれたので仕方なく正直に正十字学園の寮へ引っ越す前日に私に竜騎士の基礎を教えてくれたセンセイからアタッシュケースごと譲り受けた事を打ち明ける。すると更にセンセイについて聞かれたので一年間私に付き合ってくれたセンセイの顔を思い浮かべた。

     バッジ
「首から階級証を下げてたから直ぐに祓魔師だって分かった…。白髪で…丸眼鏡してて…」

いつもカソックを着てました、と言えば奥村兄弟の表情が見る見る内に驚きに変わり、二人で顔を見合わせている。
何が言いたいのか分からなくてセンセイがどうかしたのか聞いてみれば少しの躊躇いの後口を開いた。

「名字さんが持っているこのアタッシュケースの武器は全て前聖騎士である藤本獅郎の物です」

「ふじもと…しろう…?」

「藤本獅郎は貴方に銃のいろはを教えた"センセイ"で、奥村くん…いや、兄さんと僕の"父"です」

僕はてっきり他の誰かが盗んだものかと思っていて…まさか父さんが名字さんに渡していたなんて…。奥村先生がつらつらと言う言葉など全て左から右へと風のように流れていった。私が今考えたかったのは出雲様の事だった。
昨日出雲様は"朴が怪我をした"と言っていた、恐らく朴さんも屍の魔障を受けたのだろう。そして何より"嫌われた"と言っていた事が気になった。きっと浴場で朴さんと出雲様の間に何かがあった筈だ。出雲様が"嫌われた"なんて勘違いをするような、何かが。

「あ、の。…昨日浴場で何があったんですか…?」

「……昨夜、屍が寮内に侵入。浴場で朴さんと神木さんを襲い朴さんが屍の魔障を受けました。しかし杜山さんの適切な処置により軽傷で済んでいます」

「……よく分かんねーけど、白狐が"うぬはわれにふさわしくない"って言ってたぜ」




学校に行くという事で寮から塾生達が出払い、寮内にはシーツを洗濯する為部屋を回る杜山さんと寝込む私と朴さんだけになった。
推測するに、きっと朴さんは出雲様に杜山さんや勝呂への態度について何かを言ったのだろう。
その直後に屍に襲われ、朴さんは負傷…動揺した儘白狐を喚び出した出雲様は逆に敵意を持たれ攻撃される。…攻撃も出来ず朴さんの怪我の手当ては嫌いな杜山さんにされ、"出雲様をお守りする"と毎日のように豪語する私も来ない。きっと不安だったし、屈辱的だっただろう。私に吐き出した言葉も殆どが本心ではなく八つ当たりだ。
…推測だけでは結論は出ない。朴さんと直接話がしたくてベッドから起き上がる。熱に浮かされた身体を引き摺って朴さんが寝かされている部屋まで向かう。ドアに身体を預け二回ノックをすると部屋の奥からどうぞ、と弱々しい返事が聞こえ私はドアノブを捻った。寝かされている朴さんの細い瞳が僅かに見開かれたのが分かった。

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