パシッ、パシッと静かな銃声が階段の踊り場に響く。奥村先生が所持している銃より一回り小さい拳銃だからか、あまり威力は無く悪魔が鬱陶しそうに手で払う素振りをした。
以前ネットで得た情報には正十字学園全体に強力な結界が張られている為、中級以上の悪魔は出入り出来ないと書いてあった。今私と対峙している悪魔はツンする刺激臭と継ぎ接ぎだらけの身体からして恐らく中級悪魔の屍番犬だろう。…何故こんなのが此処に?
飛び掛かって来た所を避け二階へと下りると聖水のボトルを屍番犬へと投げ付けボトルを狙って弾を撃つ。弾け飛んだボトルから聖水が飛散し屍番犬の身体をじゅうじゅうと焼く。苦しいのか痛いのか聖水に焼かれ体液が溢れだした場所を押さえ唸る屍番犬の隙をついて二階の廊下を覗き込む。奥村先生が居れば援護を頼みたかったのだが廊下には人っ子一人居ないどころか、廊下や部屋の電気すらも消えひたすらに暗闇が続いていた。

光が弱点の屍番犬なら電気を点けるば怯む筈と思案し左手に銃を持ち替えて右手で壁を探りスイッチを探す。ずっと明るい所に居た為視界がはっきりせず苦戦していると宙を切って此方に伸びて来た屍番犬の腕が私の右手を捕らえた。

「ぐ…ッ、ア…!!」

溢れる体液を押さえていた腕らしく掴まれた箇所から熱を持っていくのが分かる。怯ませようとして逆に怯んでしまった私に屍番犬がその隙を見逃すわけもなく、電気を点ける事も探す事も出来ない儘もう一本の腕で首を掴まれて私の身体が宙へと浮かぶ。足を精一杯振り回して屍番犬の身体を蹴り上げると代わりに強い力で容赦無く首を絞め上げられ、口からは言葉にならない声が漏れ視界もチカチカと明滅してはっきりしない。
力の入らなくなった左手から拳銃が零れ落ち、私の首も熱を持って段々意識が薄れていく。

あっ、これやばい。

閃いたように浮かび上がって来た思考が脳裏を巡った瞬間、階下から滝のように降り注ぐ銃声と共に硝子の割れる音が聞こえた。同時に首と右手が解放され私は重力に従って床に倒れ込む。強く咳き込んでいる内に屍番犬はまるで誰かに呼び寄せられたかのように四本の腕を使って何処かへ行ってしまった。

時間にすれば五分も経たない戦闘だったが一時間位戦っている気分だ。やっぱり実戦って大切だ、ここぞという時一番役に立つ経験だ。
そう思いながら手探りで拳銃を手繰り寄せる。屍の魔障は早めに処置しないと壊死するんだった。水で冷やせばどうにかなるかな、早く奥村先生を探しに行こう。
屍の魔障のせいで風邪になったかのように身体か熱を持ち、ぐらつく頭を叱咤して立ち上がると誰かが階下から私が居る方の階段を上がって来る足音が聞こえる。
暗闇に目が慣れた為今なら視認出来るだろうと恐る恐る後ろを振り向くと、何故か先程まで奥村くんが着ていたTシャツを下着の上から羽織った出雲様が居た。

「い、出雲様…?」

「ッ!……名前…?」

「はい。ええと…今、電気を…」

「要らない、点けないで!!」

身体をふらつかせなからスイッチに手を伸ばせばぴしゃりと鋭い語気で拒否されたので反射的に引っ込める。うつ向いていらっしゃるのでよく顔が見えないが、時折鼻を啜ったり顔を拭ったりする様子が伺えた。…もしかして出雲様、泣いてる?
中学の頃からずっと出雲様にくっついていた私にはあのプライドがキリマンジャロ並に高く、この学園に受かった時や卒業式でも涙を流さなかった出雲様が泣いているという事実が受け入れられず動揺してしまった。
何と声を掛けて良いか分からず黙っていると、出雲様がこんな静寂の中でも聞き取れない位に小さな声で何かを呟いた。

「え、出雲様、今何て…」

「何で…ッ、…何で来なかったのよ!!」

ぎゅっと胸元でTシャツを握り締めた出雲様が勢い良く顔を上げ叫んだ。暗い静かな空間の中で階下に居る他の塾生達にも聞こえてしまうのも気にせず、出雲様は更に口を開いた。

「アンタが来なかったから朴が怪我をしたの!アンタが来てたらあんな事にはならなかったのに!」

「アンタ強いじゃない!最初の授業の時に私と朴を守ってたじゃない!どうして来なかったのよ!?」

「へらへら笑って私に従う振りして、本当は私の事を自分より弱い女だって嘲笑ってたんでしょ!」

「召喚した白狐が言う事を聞かなくなったのもアンタのせい!」

「アンタのせいで私、私ッ…朴に嫌われちゃったんだから!」

「もう知らない!役立たず!アンタなんか大ッ嫌いよ!!」

出雲様の口から矢継ぎ早に吐き出される言葉をいつものように一字一句漏らさず聞こうと、ぼやける意識を一生懸命集中させていた。処理能力が落ちていたせいで全ての言葉を理解出来た時には出雲様はもう居らず、階下から私を探す声が響いていた。

違います、出雲様。私、貴方の御力になりたくて。祓魔師を目指す貴方にとってきっと危険は付き物だから、危険を薙ぎ払える事が出来る欲しかったから、だから勉強したんです。ナイフの投げ方から銃の使い方、弓矢の引き方まで。
私、貴方の盾になりたかったんです。あの日私を助けてくれた貴方のようになりたかった。ただ、其れだけなのに。

「……あ…っ」

操り人形の糸が切れたように私の身体が床に倒れ込む。冷たい床が熱を吸収して心地良いなのに、何故か胸の辺りにぽっかりと穴が開いたような気がしてすっきりしない。
二階の廊下の電気が点いて、床に投げ出された身体を照らし出す。遠くから誰かの慌てるような声と私を呼ぶ声がしたけど、もうそんな事はどうでも良かった。

出雲様、出雲様。私、もっと頑張ります。拳銃じゃ駄目だって分かりました。今度からはライフルか散弾銃にします。
屍番犬との実戦を経て色々と分かった事も有ります。勉強も今まで以上に頑張ります。まだ習わなくていい教科も積極的に勉強します。
だから、だから。役立たずなんて言わないで下さい。大嫌いなんて言わないで下さい。

「…わ、たしを…ひとりにしないでください…っ!」

視界は奥村先生や上半身裸の奥村に杜山さん達が蠢く賑やかなものになっていたが、気にせずに薄れいく意識の中で祈りを口にするとぼやけた視界の奥の奥村が僅かに顔をしかめた気がした。

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