※モブ→出雲への嫌がらせ表現があります。

出雲様の上履きが無くなったらしい。らしいというのは私が実際に出雲様からお話を伺ったわけではなく、朴さんが出雲様のぼやきを耳に入れたからだ。確かに今日出雲様は一日スリッパで生活してらっしゃった。私や担任には上履きの綻びを直す為に持ち帰って、其の儘忘れたと言っていたがやはり嘘だったらしい。
出雲様は昔から偉そうな口振りと見下す様な態度、そして既に幼い頃から悪魔の姿が見えていたせいで嫌がらせをされていたらしい。
名前ちゃんお願い、出雲ちゃんの上履きを探して。朴さんの頼みを思い返す。…大体の検討はついている。しかし出雲様の上履きを取り返すには塾はサボらなければいけない。…背に腹は変えられない、朴さんに今日の塾は休むと連絡を入れて私は一路寮へと足を向けた。

「ハァ?何言ってんのアンタ」

「だから、出雲様の上履きを返せって言ってるんです」

此処はとある寮生の部屋。またの名を出雲様のお部屋という。出雲様のお部屋の鍵は予め無断で合鍵を作っておいたので其れを使って押し入ると中には出雲様のルームメイト二人とグループの一員であろう女子とで煙草を吸っていた。
ぎょっとした表情を浮かべている彼女達にけしかけてみると案の定しらばっくれられる。

「出雲様はクラスでは今の所大人しく目立った行動はしていません。反感を買うような事…其れはやりたくもない部屋長を押し付けられた貴女にしかありません」

「っつーか、イズモサマってダサくね?サマって!」

「論点をずらさないで下さい。他人の呼称など瑣末な事でしょう」

煙草の煙が舞う室内で私は女子三人と睨み合う。淡々とした口調でしらばっくれては私を煽ろうとする彼女達をかわして流すと、逆上され胸ぐらを掴まれる。

「うだうだウッゼェんだよテメェもあの眉毛も!」

「出雲様の侮辱行為は私に喧嘩を売っていると見なします」

「だァかァらァ、黙ってっつってんだろーがぁあ!」

「黙るのはお前の方だろ」

胸ぐらを掴む相手の胸元を両手で掴むと左足を一歩踏み出し相手の右足の外側の真横を踏む。掴んだ胸元を力強く引き寄せ相手のバランスを奪う。唐突に強い力で引き寄せられたせいでバランスを崩した隙に、私は腰を外側に捻り右足を振り子の様に伸ばす。その勢いの儘伸ばした足を相手の右足の膝裏に引っ掛けて草を刈るように払えば、バランスを崩した挙げ句に立つ支えを失った相手は簡単に後ろから倒れ込む。これが俗に言う大外刈。
私の胸ぐらを掴んでいたお陰で頭をぶつける事は無かったものの、腰と尻を強かに打ち仰向けになって放心している女子の腹の上に足を乗せて私の胸ぐらを掴む手を掴み外側へと捻れば痛い!と悲鳴が上がる。

「……で、出雲様の上履きは何処ですか?」


とっぷりと日も暮れ、寮の夕飯の時間に迎える頃。私は寮のエントランスで膝に手を付き、ひゅうひゅうと喉を笛のように鳴らしながら肩で息をしていた。女生徒の返り討ちに遭ったわけでも、上履きを探して走り回ったわけでもない。走って緩い下り坂を下って正十字中腹駅にある学園専門の用品店へと行っていた。
あの後、すんなりと上履きの場所を聞き出した私は彼女達が隠したというゴミ捨て場から上履きを回収した。が、その真新しい上履きは既に煙草の焼き痕が斑に残り靴紐や裏のゴムの部分はカッターナイフで無惨に切り刻まれていて、とてもだが修復は不可能だった。しかし上履きは毎日必要なものなので仕方無く中腹駅まで走って新しい上履きを買いに行ったのであった。勿論出掛ける前に外出届けの提出と喫煙を見た旨の報告を寮長にする事も忘れずに。

汗を拭いつつ急いで自分の部屋に戻りタグを切り、靴紐を出雲様が履き易い緩さに通し直す。踵に最近会得した出雲様の筆跡で名字を入れればすっかり元通りになった。上履きを出雲様の好きなファッションブランドのショップバッグに入れ、消臭スプレーを持って出雲様の部屋に向かう。もう塾も終わる頃だから早く行動せねばならない。
合鍵を使って出雲様の部屋に入るなりむわりと匂う煙草の匂いに眉を寄せて消臭スプレーを向ける。ミストタイプの其れは不快な匂いを残さず消してくれる上に、フローラルだとかミントだとか余計な匂いは一切発さない。出雲様や朴さんのベッドやカーテンにもまんべんなく振り掛けて消臭を終える。ふう、と息を吐き出し、床に正座して出雲様のお帰りを待つ。
暫く待っているとガチャリとドアノブが回り出雲様と朴さんが入って来る。ばっちり目が合うとあからさまに嫌そうな顔をされた。

「何でアンタが居るのよ」

「出雲様、私の部屋に上履き有りましたよ」

「はぁ?何で名前の部屋にあんのよ」

「さあ…兎に角、どうぞ」

ショップバッグを差し出すと渋々中を覗いて自分のか確認している。ああ、出雲様…今日も大変麗しい。感動しながら見つめているとふと朴さんと目が合う。口の動きだけで礼を言われたので小さく頷き返す。

「それより名前、アンタ何でこの部屋に居るわけ?」

「えーと、ルームメイトの方に開けて入れてもらいました」

「何であんな奴等と関わるのよ!其れに、大体ピンピンしてるじゃない…何で塾休んだの?今日の体育実技で、帰り荷物持ち居なくてくたくただったんだから」

「あー…すみません。学校の先生に頼まれ事されちゃって」

適当な言い訳を作りながらご立腹の出雲様への貢ぎ物としてパックのイチゴ・オレを差し出す。さて、これでルームメイトは退学になるとして。寮長に出雲様の上履きを見せて次のルームメイトの人選は出来るだけ温厚な人物にしてもらうよう頼もう。私が頭の中で夕飯の後の予定を立てるのと出雲様の「着替えるから出てって」を聞くのはほぼ同時の事だった。

翌日、塾に行ったら出雲様が昨日の授業のノートを見せてくれて私の機嫌は鰻登りだった。しかしその直後、荷物持ちや授業に必要な薬草の準備その他雑用。私の役割が丸ごと全部杜山さんの役目になっていた事で私の機嫌は一気に地面にめり込む勢いで急降下していく。
どうしてこうなった!

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