ざわざわ、やいやいと雑音と喧騒に引き上げられるかの様に私の意識は浮上していく。夢を見ていたかすら覚えていないくらいの熟睡だった。夏の京都の蒸し暑さに悩まされる事なく、撮影で集団行動を強いられ一人で落ち着けるような場所も時間も無かったせいか己の知らぬ所で疲弊していたのかもしれない。
目の前の天井の木目は私が数日滞在していたものとは全く模様が違う、というか今見ている天井の方が見るからに良い木を使っているのだと分かる。
三人、よくて四人が布団を並べて眠れる位の広さの部屋の真ん中に一人、真っ白でふわふわな布団の中で寝転がっていた。
此処は私の居た宿ではない。…という事は他人様の家に居させてもらっているという事だ。…さて、どうやって宿に戻ろう。というか皆にはどう説明したらいいんだろう。山に変な居て、もしかしたら廉造と連絡が取れないのはあれのせいかもしれないと邪推して無謀にもミュールで山登りしようとしてました。…言えない、とてもじゃないけど言えるわけがない。

ああ、あんなに辛かった身体も何か削いだかのようにすっきりしていて何だか軽く感じる。私が身に纏っている浴衣には「虎屋」「とらや」と細筆で書かれた繊細な文字が幾つも散らばっている。この建物の名前なのは確かだが…もしかしたら旅館か、袈裟姿の男性達の住居かもしれない。
のそのそと身体を起こして様子を見てみるも、吐き気や頭痛はすっかり引いていた。枕元に盆が置かれスポーツドリンクのペットボトルが一本置かれていた。ああ、廉造に会いたい、なんてぼんやり考えていると密室と化していた部屋の襖から開かれた。盆に茶碗と匙を二つずつ乗せてひょっこり顔を覗かせているのは、正に今会いたいと想いを馳せていた彼本人であった。

「……廉造」

「起きてはったんや、誰か呼べば良かったんに」

「今起きたばっかで…」

行儀悪く足で襖を閉めて私に近付いて来る廉造は私服姿だった。起き上がっている私の隣に胡座を掻いて座ったのですかさずその膝にダイブした。うわっ、と声を上げつつも私を引き剥がす事はせず盆を傍らに置いてじっとしてくれた。久しぶりの逢瀬に安堵すると共に今まで連絡が取れなかった不満も膨らんできたので取り敢えず膝を強めに叩く。

「何拗ねとるんですか」

「……だって電話しても全然出なかった」

「あ、あー…堪忍です。廉造くんったらコキ使われて忙しかったんですよ」

「お疲れ様」

「名前ちゃんこそ、ミュールボロボロになるまで走ってきたやん。あのミュールお気に入りやったんに」

「……会いたかったんだもん」

「……俺も会いたかったです」

頭上から降って来る声と、髪を撫でる手が優しくて気持ち良くて目を細めて身体を委ねていると、食欲あります?と茶碗を傾けてくる。そちらに目を向ければ作りたてなのか温め直したのかは分からないが湯気を立てる雑炊が盛られていた。漂う香りに頭を縦に振り身体を起こすと碗と匙を手にした廉造が一口掬い息を吹き掛けて冷ました後口元まで持って来る。特に反抗する理由も無いので廉造から食事を貰う。

「…美味しい」

「そらそうや、女将が作った雑炊やし」

「女将…って事は旅館かあ」

「…名前ちゃん、此処について何処まで知ってはるんです」

「何も知らないけど、いい旅館っていうのは分かるよ」

雑炊に舌鼓を打ちつつ、もうそろそろ観念したら?と首を傾けた。
塾の実体、袈裟姿の男性達の正体、私が見たあの異物について。廉造が何かを隠している事は知っていたが知らない振りをしていた。人間誰しも隠したい事の一つや二つはあるだろうし、私自身廉造に言っていない事も沢山ある。
だが私は胞子状の異物を見てしまったし、袈裟姿の男性達が廉造を知っている事を知ってしまったし、男性達が廉造を「廉造はん」と格上として見ている事を知ってしまったのだからもう知らない振りは出来ない。さあ洗いざらい吐いてもらおうか、そう言って微笑む私を見下ろす廉造の頬に汗が一筋伝った。

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -