撮影も無事終わり、明日の昼に京都を経つまでの間に束の間の自由時間を貰った。買い物に出掛ける他のモデル達を横目にまほらちゃんがブログに撮影の事を書いた記事と宿から見える夜景の写メを更新しているのを眺めていた。
今夜もやはり蒸し暑い。まほらちゃんが着ている薄ピンクのTシャツも背中や胸元が濃く色を変えていて、私の腕や足もうっすら汗ばんでいて何だか気持ち悪い。

「アップした画像を解析してその人が居る場所を割り出しちゃう人が居るんだって」

「なにそれこわい」

「夜景写メ、私とのちゅー写メに差し替えない?」

「ふは、くるみちゃんやばいかわいい」

ぐ、と頭が上に向けられる。押し付けられた唇に塗られたグロスがにゅるりと私の唇の上で滑る。ふわりと香るストロベリーの匂いに包まれながらまほらちゃんは角度を変えて私の唇を文字通り、貪る。
私達二人以外誰も居ない和室で、ジワジワと蝉が声を張るのを聞きながら私はひたすらまほちゃんとキスを交わし続けた。

唇を触れ合わせるだけでもこんなに心は満たされるのか、と長く息を止めていたせいで肺が酸素を求めているのを感じながらぼんやり考えた。
結局、まほらちゃんは私とのキス写メは撮らずにシャワーを浴びに出て行ってしまった。一緒に、と誘われたがキスしている間に満たされていた心が一瞬にして虚になっていくのを感じ何だか億劫になり断ってしまった。

「ただの戯れだね、まほらちゃん」

まほらちゃんの物事の割り切り方は端から見ても異様だ。
十を一足す一足す一足す一足す一足す一足す一足す一足す一足す一に割ってしまう位に物事、仕事、プライベート、性格、感情、仕草を全て意識、無意識関係無く割り切っている。
だから先程までの濃厚な口付けもまほらちゃんの中では過去の出来事として割り切られ、忘却の彼方へと片付けられる。彼女は今日の夕飯すらも覚えていない。先日撮ったものが雑誌になっても撮影時の記憶すらなく「ああ、私こんな事したっけ」程度の感情しか抱かない。
彼女のブログは日記帳ではなくメモ帳であり、彼女がうっかり割り切ってしまったものを忘れないように書き留めているだけのものなのだ。
そんなまほらちゃんと交わすキスなんて、虚無しか残らないただのお遊戯なのだ。

「……?」

先程彼女が更新したブログの最新記事を開き、彼女の派手な見た目に反して絵文字や顔文字の一つもない箇条書きのメモを読んでいくと最後にぽつんと置かれた黒い画像が目に入る。
先程上げていた夜景の写メ。ただただ無意識に興味を抱き画像をクリックする。画面の中にまほらちゃんが撮った写メが表示された。
夜景モードとはいえたかが携帯の写メ。
微かに山らしい輪郭を描いた物体が遠くに写っている位で特に目新しい物はない。ただ画像の真ん中、山の中腹辺りだろうか、其処にぽつんと言葉にし難い異物が写り込んでいるのが確認出来る位。
カメラに埃でもついていたのか、部屋に埃が舞っていたのか。はたまた何か神社でも建っているのだろうか?そう考えながら何気なく携帯から目を離して窓の外、本物の山へと目を向ける。

もぞり。中腹辺りで何かが蠢いている。

ざわり。私の胸の奥が騒がしくなる。

遠目からでも肉眼なら見える。
胞子のようなものが山にべっとりと手を伸ばして張り付くようにむくむくとその姿を現している。
異質な物体を目の当たりにして一瞬私の脳は働くのを止める。異常を受け入れきれずに何かが抜け落ちたかのように私は暫し視線を外にやった儘硬直していた。

そういえば、廉造は?
ふ、と我に返った頭の中に一つの疑問が浮かんだと同時にまほらちゃんのブログのページから不意に画面が切り替わり私の手の中で携帯が振動を始める。
着信だ。相手は、廉造。
漸く連絡が取れる。喜ぶ筈なのに、胸の奥のざわめきが一層増していく。

「……もし、もし」

『名前ちゃん!今、まほらちゃんの、ブログ見て、…今、何処っ!』

「……あ、あ…」

耳元で怒鳴るような口調で捲し立ててくる廉造の勢いに乗ったかのように遠くに見える胞子が一気に成長を始める。天に昇るように、地を統べるように。
むくむくと育っていく其れに本能が恐れているのか意識していないのに携帯を持つ手や声が震える。
聞きたい事も言いたい事も沢山あるのに混乱している頭は何一つ私に掛けるべき言葉を弾き出してくれない。

「…っ、…っ!」

『名前ちゃん、落ち着いて。後でちゃんと説明するから、窓閉めて風呂入って今日はもう寝て下さい』

「れ、れんぞ…」

『大丈夫、何も怖ないです。怖ないから…大人しくしてて』

混乱して言葉一つ吐き出せない私に電話の向こうで深呼吸するように息を大きく吐き出した廉造は一転して諭すように優しく声を掛けてくれる。それでも焦燥感は収まる事を知らず何を訴えるように胸の奥でざわめき続ける。
廉造の後ろで誰かが騒いでいるのかざわざわとしていて上手く聞き取れない。でも、廉造も、私と同じ物を、見ている。それが何かを、知っている。
後ろの人達が何を言っているのか聞き取ろうと意識的に耳を集中させようとした所で喧騒に廉造の上擦った声が被さってきた。

『好き』

ぷつっ。同時に通話が遮断された。いや、遮られたのでない。廉造自身が終話ボタンを押して通話を終わらせたのだ。
慌てて掛け直しても電源を切ったのか繋がらない。
好きって何だ好きって。山に張り付いている胞子みたいなものは明らかに異質な物で、廉造はそれが何か知っていて、だとすれば廉造は今から彼処に行ってアレを追い払うんじゃないだろうか。好きって、好きって言ったのは、あんなに声が上擦っていたのは、まさか。

「廉造…!」

居ても立って居られなかった。
携帯をデニムのショートパンツに突っ込んで部屋の襖を開け放った儘玄関へと向かう。まだ私達が両片想いだった頃、廉造の誕生日に追い掛けっこをした時にも履いていたミュールに足を通して宿を飛び出す。
あの異物の元へ行けば廉造に会える。ただそれだけを考えて私はミュールを鳴らして夜の京都の中を走り出した。
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