朝から夕までのコンビニのバイト休憩中、事務所で携帯を開いてみると廉造からメールが届いていた。自分で作って来たおにぎりを頬張りながらメールの内容を読み進めていくといつものごとく塾が終わったら私の部屋で一泊するらしい。そういえば今日は金曜だったな、とぼんやり考えつつメールに了承の旨と適当な顔文字を添えて送信ボタンを押す。送信完了の画面から事務所のパソコンに視線を向けてつらつらと流れる天気予報を眺めて今日明日の予報をチェックする。来週末に控えているエロ大王の撮影日の天気は雨らしい、室内撮影とはいえ何とも憂鬱な気分だ。春先の雨は冷たいし空気も冷たい、何より服や靴が濡れてしまったら乾かすのが面倒だ。服はともかく靴を乾かす為に暖房を点けるのも電気代がかさんでしまう事が先に浮かんでしまう。ガス、電気、水道代の工面…薄給の一人暮らしの悩みは耐えない。

「いっそモデルを辞めるってのもありかもなあ」

水筒の中の温かいお茶を飲みながら呟いた独り言。廉造が聞いたらどう思うかなんて、予測もつかない。だってあの子はきっとのらりくらりとかわして本音を見せてはくれないだろうから。私の事が好きで、女の子が好きな変態でどうしようもない馬鹿を装っている彼だけど私と彼の間には一本、線が引かれているような違和感を時々感じる時がある。それが私に対する事なのか、学校や塾での事なのか、はたまた彼自身の生い立ちに関わる事なのかはよく分からない。最初は私も隠している事や言っていない事の一つや二つはあるからと割り切るようにしていたけど、時折見掛ける思い詰めたような表情を浮かべる廉造を見ると胸の奥が針の先端でつつかれたような痛みに襲われるのだ。

「…末期だ」

掛け値なしに私を好きだと言ってくれたひと。大事なひと。
自身で頭を抱えてしまうくらいにはあの子の事が好きだ。ずっと傍に居たいし居て欲しい。だから、だからこそ廉造の事をもっと知りたい。引かれた線を越えたい。背負っているものがあるならばそれを分けて欲しい。……なんて。

「言っても無駄だよなぁ」

きっといつものような薄い笑みでかわされて、終わり。そもそも女の子が好きな廉造が私なんかと本気で付き合っているかなんて分からない。高校生の恋愛の相手は年上のエロ本モデルより同年代の純朴な女の子の方がお似合いだ。
ぎしりとパイプ椅子を軋ませて席を立ち水筒の蓋を閉め鞄の中に仕舞う。昼のピークを迎えたコンビニは忙しい、早く行かないとレジが詰まってしまう。鏡の前に立って身なりを整え頬を両手で思い切り叩き、廉造の事で悶々としていた己の心を叱咤し気合いを入れ直す。

「……よし!」

鏡の中の自分、チェックOK。
私が一人でうじうじ悩んでいたって何も変わりはしないし、気持ちを入れ替えて残りの五時間も集中して頑張ろう。事務所の扉に手を掛けながら自分で自分に暗示を掛けるように言い聞かせる姿はこのコンビニで働き始めた頃の事を彷彿とさせる。口元に笑みを浮かべ扉を開けながら、店内にいるお客様へと向かって挨拶をする為唇を開いた。

「ただいまー」

スーパーのビニール袋を揺らしながら玄関の扉を開けるも中は真っ暗な儘。物音一つ聞こえず、この時間なら既に廉造は部屋に来ている筈なのに、と私は首を傾けつつ玄関の扉を閉めて鍵を締めて中に上がり込む。毎日のように立ちっぱなしの仕事をしているせいで足のむくみも半端ではない。お風呂上がったらゆっくりマッサージしないと、と考えながら真っ暗な部屋の中を壁伝いに歩いてまずは買って来た物を冷蔵庫に突っ込んでいく。冷蔵庫の明かりに目がやられたせいで冷蔵庫を閉めても帰って来た時より視界が悪く何も見えない状態の儘リビングに入り手探りで蛍光灯の明かりを点ける。パチパチと蛍光灯の白と暗闇の黒が点滅する中、ベッドがぎしぎしと軋む音が響き思わず数歩後退ってしまった。

「…ん…」

「う、わ!廉造居たの!」

ベッドの膨らみの正体は制服姿の儘布団も掛けずに眠りこけている廉造だった。電気が点き明るくなったのに気付いたのかもぞもぞと身動ぎをして枕に顔を埋めるなり動かなくなってしまった。ふとテーブルの上に広がっている教材やノートに目を落とせばノートの表紙には薬草学の文字が。…本当、廉造は学校で何を習っているんだろう。もしかして正十字学園って全寮制で七年間変な勉強を学ぶ某魔法学校なんかではないだろうか、なんて有り得ない妄想を膨らませながら点滅が止み明るくなった室内に鞄を下ろして眠っている廉造へと近付く。

「廉造ー」

「んん」

「廉造くーん」

「んー」

「起きてよ」

「んー」

肩を揺らしても声を張り上げても全く起きる素振りを見せない。そんなに疲れているなら寮で寝てればいいのに、学園から近いとはいえ私の所に来るのだろう。溜め息を漏らしながら廉造の短いピンク色の髪の毛を数回撫でてから手を引いてテーブルの上の教材を片付けて廉造の鞄へと突っ込む。起きる素振りを全く見せない為シャツはともかくズボンは皺になっては困るだろうと腰に腕を回してズボンのベルトへと手を掛ける。
うつ伏せの体勢で眠る廉造の太股に跨がってカチャカチャと金属音を立ててベルトを外そうとするもベルトの金具に引っ掛かったのかなかなか最後まで引き抜く事が出来ない。乱暴にし過ぎたかと背中を丸め前屈みになりつつ引っ掛かっている金具は何処か探そうと廉造の下腹部に指を這わせた瞬間、首に生暖かい何かが絡まりベッドへと引き寄せられる。声を上げる間もなくベッドに押し付けられた私にのしりと全身を使って体重を掛けてくる。

「う、ぐ…おもい…」

「んあ…名前、ちゃん…?」

「廉造重い、どいて」

「ンー…いや、っていうたら…?」

「ッひ、ア…っ」

項に鼻先を埋めてすんすんと匂いを嗅ぎスキンシップのように甘噛みされぞくりと肌が粟立つ。
廉造の身体の中にすっぽり覆われた上に後ろから甘噛みされ、まるで犬猫の交尾のような体勢に擦れ合う布同士の音にも反応を示してしまう。
お腹に腕を回されて身動きが取れずその儘暫く首を甘噛みされ続けた挙げ句、廉造は再び眠りに落ち男子高校生の体重を受け止め続け限界を超えた私は勢い良く頭を振って後頭部で廉造の顔面に頭突きをかます事により何とか拘束から解放されるのであった。

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