クモ   カケハシ
 雲 に 梯

叶えられない高望み 



「うーん…水垢ってしぶといんだよなぁ…」

学校の昼休み。いつものように違うクラスの親友と一緒に机を囲みながら昼食をとる。
自分で握ったおにぎりかじりながら現役女子高生らしからぬ悩みを吐露する私に親友は口元を引き攣らせた。

「何それ。何処ぞの主婦じゃあるまいし」

「何か良い方法無いかなあ。擦っても擦っても全然取れなくて」

「…蛍、アンタこの一ヶ月で大分老け込んだわね…」

そういうのは最近の雑誌とかに載ってんじゃないの、と素っ気ない親友に薄情者め!と心中文句を言うも、成る程確かに水周りの汚れに悩む主婦達も多いに違いない。早速今日の帰りはHRをサボって本屋に行ってみよう。
しかしテレビ見れないって結構辛いなぁ。集中して勉強出来るのは良いけど同時に仕事に関する有益な情報、主に家事に関するものを逃がしてしまうのはとても惜しい。親友に頼んでビデオに撮ってもらうのは良いけど、そのビデオを見る場所が無い。居間にビデオデッキがあるらしいが私は未だに居間への立ち入りは許されていないから無理だ。

「あああ…どうしようー!」

「うるさい!」

「ごめんなさい!」

手を叩きながら閃いた名案を其の儘口にしたら親友に午後の授業の課題を挟めたノートですぱんと勢い良く叩かれた。しかし困った、雑誌を毎月買う余裕は無いから出来るだけビデオでどうにかしたい。でも私にはビデオを見れる環境が…。
親友がクラスに帰り次の授業の準備をしているとスッと私の前に誰かが立つ。

「こんにちはぁ。夜野さんやんな?ちょっと話したい事があるんやけど、ええ?」

名字を呼ばれた為何気なしに顔を上げると目の前には髪をピンクに染めた志摩家五男坊の志摩廉造くんが居た。竜士さ…勝呂くんの知り合いである彼が私の前に立っているという状況を把握しきれず呆けていると、間延びした声で名字を呼ばれて慌てて立ち上がる。やばいやばいやばい。学校内で勝呂くんの周囲の人間とは関わってはいけないという次郎長さんの厳しい言葉を思い出し、私は思わず鞄を手にして後退りする。

「ごめんなさい!」

「え、あ、ちょっ…!」

身を翻して教室を出ると後ろから志摩くんの驚いたような声が聞こえて来るが気にせず階下へ降りて下駄箱へ向かう。もういい、この儘学校をサボって本屋に行って主婦向けの雑誌漁りに行こう。そう思って靴を脱いでローファーに履き替えて玄関を出る。予鈴が鳴り響く教室の窓から注がれる視線に気付かない儘、校門を出た私は駅前の本屋目指して歩き出した。



「……」

「…あ、坊!夜野さんや、ほんまに此処に住んではるんやねぇ」

「そら使用人やから居るに決まっとるやろ」

で、私は何故こんな事になっているのだろう。午後から授業が終わる時間までを駅前の本屋で過ごした私は数冊雑誌を購入して竜士様のマンションへと向かった。そしてそのマンションの前で竜士様と志摩くんに出くわしてしまったのだった。
流されるが儘にエレベーターに三人で乗り込んだのは良いが会話は一切無く、しかも志摩くんとは昼間の件があるせいで非常に気まずい空気が流れている。この状態で家に入ったりでもしたら次郎長さんの雷が落ちるに違いない、しかし竜士様が居る前で先に入るのは不躾だろうし竜士様の後から入るものなら即クビだろう。

さて、どうしたものか。名案が浮かばない儘徐々にエレベーターは最上階へと近付いていく。腕を組んで考え込んでいると横からにゅっと志摩くんの腕が伸びて、竜士様の自宅である最上階の一階下である八百造さん達の部屋がある階のボタンを押す。直ぐにエレベーターが止まって扉が静かに開き、志摩くんが黙ってエレベーターを降りて行く。と、同時に私の腕も掴まれ何故か一緒にエレベーターを下ろされる。

「志摩、」

「坊、俺夜野さんに用事あんねん。ジロチョーさんには適当に言い訳言っといてや」

驚いた様に此方を見つめる竜士様と私達をエレベーターの扉が別ちぐん、と音を立てて上へと向かって行った。エレベーターが上に行ったのを確認してから志摩くんは私を見てにっこりと笑みを浮かべた。