・前半夢主視点、後半志摩視点

お願いがあるの。そう言って私が猫又に頼み事をしたのは記憶を取り戻した直後だった。理由は簡単、私の身体が突如炭化を始めたからだ。中学を過ぎてから部活にも入らず家の中に引き込もっていたからか、色だけは白くまだ花盛りの女子高生なだけあって柔らかい肌をした足が爪先から黒く硬く炭と化していく。まるで燃え尽きた命のようで、悪魔落ちしてから初めてぽっかり穴が空いたような喪失感を覚えた。

「私、この儘死にたい。だから、お墓を作って欲しいの」

    モグラ
「我輩は土竜ではないぞ」

「穴を掘って欲しいわけじゃないの。枯れた杉の葉を出せる悪魔の知り合いって、いる?」

    グリーンマン
「ふむ、緑男か。枯れたのを出せるかは分からないがこの辺り一帯を仕切る偉い奴なら知っている。少し待っていなさい」

そう言って割れたガラスの合間から身軽に外へと飛び出していった猫又を見送り、私はなんとか動く足を動かして自分の部屋へと向かった。もう一生会わないであろう彼に、届かない手紙を残す為に。


冷蔵庫や棚からあるだけの食料を出して床に置いていると窓ガラスからひょっこりと先程の猫又が顔を覗かせた。

「連れてきたよ。協力してくれるそうだ」

「有難う。これ、貴方の目的のもの」

「ああ、ああ!助かるよ、哀れな少女。これで幾日かは生きていける」

床に置いた食料を示すとゆらゆらと揺れていた二股の尾がぴんと伸びた。悪魔落ちしてから色々と面倒を見てくれたほんの少しのお礼だ、私にはもうこの家も、食料も必要無いものだから。
猫又に手、というか身体を借りつつ、膝まで炭化が達し動かない足の代わりに必死に腕を動かし兵隊のように這って緑男が待つ学園町最下部の森林地帯へと向かった。

初めて見た緑男は何より大きくて驚いた。森林地帯の中の少し拓けた所でその大きな身体を窮屈そうに縮こめていた緑男はにこりと笑って泥と砂利にまみれた私を迎えてくれた。
頼み通りに茶色に変色した杉の葉を鞠の様に丸く包んで貰い、その中に入り込む。真っ暗で少しだけちくちくする其処が私の棺桶になるのだ。

「其れは何だね、哀れな少女よ」

棺桶の中を覗き込んだ猫又は私が大事そうに抱える封筒に目を遣り緩く首を傾ける。そして"しまれんぞうくんへ"と書かれた宛名欄にピンと耳を立てた。

「"しまれんぞう"という名を私の知り合いの猫又が言っていた気がする」

「え、本当?彼に書いた手紙なの、渡して貰えるかな。笹舟って言っても心当たり無かったら捨てちゃっていいよ」

一緒に燃やしてしまおうと思ったものの、思わぬ所で手掛かりを得てしまった。胸まで達した炭化を止める術は無く、腕を伸ばして猫又に手紙を託した。
穴を塞がれ視界が真っ暗になり、去り行く二つの気配に礼を言いながら、私は一緒に持って来たオイルライターの火を灯し杉の葉へと押し付けた。





坊が読んではった新聞とテレビのニュースで学園町最下部の森林地帯で女の子の焼死体が見つかったいう話を聞いた夜、不思議な夢を見た。
両親の土産に安産祈願のお守りを二つ買うて、道案内の礼には笹舟に名前を書いて流す言うし、最後に猿飛佐助とか架空の人物の名前すら挙げた、忘れもせえへんあの不思議な女の子の夢やった。
あの子がうちの学校の制服着て薄く笑いながら『手紙、良かったら読んでね』とだけ言う夢。ただそれだけの事なのに今直ぐにでも消えてしまいそうな彼女の姿に、夢から覚めてからずっと胸の辺りがざわざわして授業中も昼休みも塾も落ち着かんかった。
塾の授業が全部終わって胸騒ぎは気のせいやったんやな。ほな帰ろと思っとったそんな時、クロと見つめ合って何かを喋っとった奥村くんがとんでもない事を言い出した。

「なあ、志摩。"笹舟の女"って知ってるか?」

笹舟。たった一つの単語に俺の胸は射抜かれたようにどくりと跳ねた。今朝からの胸騒ぎはこれやったんかな。

「な、何?いきなりそんな事聞いて」

「いや、クロがさ。知り合いの猫又がお前に渡したい物があるって言ってるらしくてよ。"笹舟"に聞き覚えなきゃ人違いみてぇなんだ、覚えてるか?」


クロと奥村くんから教えて貰った、あの女の子の知り合いだという猫又との待ち合わせ場所は窓ガラスが割れて玄関が開け放しになった一軒家だった。森林地帯の近くに建っとって、この家の主は森や草花が好きな…杜山さんみたいな人なんやろなという印象を持った。そして、その家の前に尻尾が二つに分かれた猫が座ってじいと此方を見ていた。

「……志摩、廉造です。笹舟の子から渡したい物があるて聞いて来ました」

そう話し掛ければ猫又はしゃなりしゃなりと幽雅に歩いて家の中――ではなく、森の中に向かって歩きだした。
黙ってその後を付いて歩いて行くと、昨夜見たニュースが頭の中を巡る。森林地帯で焼死体。……まさか。

少し拓けた所に出ても猫又は迷わずに進み、そしてやっと歩みを止めてかさりと何かを前足で押さえにゃあと高く鳴いた。
近付いて行ってみると猫又が座る直ぐ近くに何かを燃やした後のような黒く焦げたような焼け跡があって、背筋がぞくりと震えた。
猫又が前足で押さえている物は、手紙だった。宛名には"しまれんぞうくんへ"と奥村くんが書く字のようにうねうねとした汚い字で俺の名前が書かれていた。

手紙の内容を読み進めていく。何故手紙を書いたのか、悪魔の甘言に騙され悪魔落ちになった事、記憶が無くなった事。
時空を遡る能力を手に入れ過去の思い出を見に行ったら俺と会った記憶と出会った事、能力を使い過ぎて身体がもうじき死ぬという事。そして、その死を受け入れる事。

この出会いが一期一会だったとしても、貴方に会えて良かったと心から思います。
名字名前より


そう書かれて手紙は終わっとった。目の前の焼け跡と手紙の内容から此処で彼女が命を終えたのが嫌でも分かった。
座り込む猫又にありがとお、と礼を言って踵を返し走り出した。寮に戻ったら坊と子猫さんに笹舟の作り方を教えてもらおう。そして、この手紙を奥村先生に渡そう。彼女が悪魔落ちになっていたなら亡骸は騎士團が回収しとる筈。きっと彼ならその辺りの手回しをしてくれはる。男子寮の扉を開けて廊下を走って坊と子猫さんの部屋へと向かう俺の顔はきっといつもと違てかなり真剣なものやったと思う。


「夢枕に立つ程お前に思い入れがあったんやろな」

次の日の夜。坊と子猫さんに連れられて学園町内の大きい水路へとやって来ていた。小さく呟いた坊の手には笹舟。杜山さんの緑男に頼んでだして貰た笹を折って作ったもので、手先が器用な坊の手に掛かればものの十数秒で其れは完成した。
坊から笹舟を受け取り、小さく千切って名字さんの名前を刻んだ笹の葉と子猫さんの好物の落雁、小さなメモ用紙に認めた俺の手紙を乗せて水路に流した。
穏やかな流れに乗って流れていく笹舟は、夢枕に立った儚い雰囲気の彼女のようで。俺は膝に顔を埋めて少しだけ泣いた。

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