じーわじーわ。少し早い蝉の鳴き声に包まれて私は木の根本に身体を横たえて、地面から突き出た根に頭を乗せていた。
記憶を全て取り戻した私に待っていたのは命の終わりだった。身体が燃え尽きたように足から炭になっていくのを見た猫又は私の身体は限界を迎えた為滅びる、生き延びたいなら身体を捨て霊になるか身体を入れ換えるべきだと進言された。が、私は其れを拒んだ。私は最後まで私でいたい、果てるのならこの身体と共にありたい。

「…今日は晴れてるんだね。外に行きたいな」

「哀れな少女よ、これも何かの縁…我輩が運んでやろう。化けるのは我等猫又の得意分野だ」

猫又は音と煙を立ててライオン程の大きさになるとガラスが割れて殆ど機能を果たしていない窓に私の身体を掛け、一度小さくなって家から出るとまた大きくなり私を咥えて家から出してくれた。

「で、何処に行きたいのかね?」

「…その辺りでいい…。蝉の声がよく聞こえる場所に…」

猫又に咥えられ不安定に揺れる視界の中で遠くなっていく我が家を見つめながら猫又の問いに答える。家主が居なくなった彼処は壊されるのだろうか。一家全員死んだと言われお化け屋敷となるのだろうか。そう思うと何だか悲しくて声を上げて泣き出しそうになる。悪魔落ちになったせいか、もう涙は忘れて出なかったけど。住み慣れた家が見えなくなって直ぐ、猫又は木の根本に私を下ろし姿を戻して腹の辺りに丸くなった。礼を言って身体を撫でるとにゃん、と可愛らしい鳴き声が返ってきた。
まるでお前が死ぬまで傍に居てやる、と言ってくれているようで何だか嬉しくなった。


何かに呼ばれた気がして、いつの間に沈んでいた意識がふわりと浮かび上がって覚醒へと向かう。緩やかに目を開けてみれば遠くの方で複数の人間が歩き回っているのが聞こえた。あっちを探してだとかこの辺りに居るとか。私を探しているのか、猫又を探しているのか、私を悪魔にさせたあの悪魔を探しているのか…分からなかったけど、何かを探しているらしい。
くあ、と欠伸を漏らして起き上がった猫又が二股の尾をゆらりと揺らして木の上へと登っていってしまった。と同時にジャリッと砂利を踏みしめる音が頭から聞こえ自然と目線が上へと上がる。すると、私の頭の真横に太陽を背中に背負い息を切らして立つ男性が居た。太陽が真後ろにあるせいで顔は逆光で見えない。恐らく炭化した私の足を見たのか、彼が息を呑んだのが分かった。

「おま…、大丈夫か!若先生呼ばんと…!」

「い、…い、らない…大、丈夫」

じーわじーわ、蝉が鳴る中で私は蝉の抜け殻を思い出していた。餞別だと言って京都から訪れた彼に渡した抜け殻。
彼の言葉の独特な言い回し。私の辿ってきた記憶の中でも、同じような言い方をした人がいた。

「昔の、事を、思い出して。蝉の、声を、聞きたいの…」

腕の力が抜けていく。多分腕が炭化していっているんだと思う。その証拠に彼が膝をついて炭化していない私の手首に触れ、舌打ちを漏らしたからだ。

「もしもし、勝呂です。実は…」

すぐろ。その言葉にぴくりと指先が反応を示す。すぐろとは、もしかしてあの勝呂くんだろうか。それにしてはやけに顔が不良っぽくて目付きが悪い気がする。…いや、目付きが悪かったのは小学生の時もだ。

「はい!身体が炭化しとって…もう腕まで達してます」

「すぐろ、って…すぐろ、りゅうじくん…?」

「は?何でお前、俺の名前知っとんのや」

「…せみの、ぬけがらを…おもいだして…」

また意識が遠くなっていく。また舌打ちを鳴らした彼は炭化した部分を気遣いながらそっと私の身体を抱き起こす。折角久しぶりに会えたのに、炭化して死ぬ間際なんて格好悪い。猫又に咥えてもらった時とは違った浮遊感を感じながら私は意識を手放した。



「起きたまえ」

誰かが私の頬を押して声を掛けてくる。ふにふにと毛が生えている柔らかい何かで眠りを妨げられ、私はゆるゆると目蓋と開けると真っ白な天井を背景に私の傍に居た猫又と黒くて目がくりくりした黒い猫又がいた。黒い子が猫又だと分かったのは、やはりこの子も尾が二つに分かれていたからだ。

「おんなのこがおきたぞ!」

いきなりそう叫ぶと黒い猫又はぴゃっと勢い良く窓から何処かへ行ってしまった。が、下の方からぎゃっと短い悲鳴が響いて来たので恐らく下へと飛び降りたのだろう。
私の身体の上に居る猫又はちょこんと座り私の顔を覗き込んでくる。

「相変わらず酷い顔だが、顔色は良くなったみたいだ。気分は如何かね、哀れな少女よ」

「…此処、は…?」

「此処は正十字騎士團の医務室の一室。機械に囲まれてはいるが、君は健康そのものだよ」

正十字騎士團。聞いた事のない名前だ、だけど"正十字"は私達が住まう町や学校の名前。だからこの町が何かしら関わっている事は何となく理解出来た。

「正十字騎士團は悪魔を祓う祓魔師の集まりや」

「……勝呂、くん」

ガチャリとドアノブを開けて入って来て正十字騎士團とやらの説明をしてくれたのは勝呂くんだった。目付きが悪い所以外はすっかり男の子になってしまっている。ぼんやりと見上げている私の横に勝呂くんはスツールを引き寄せ腰を下ろすと眉を下げて顔を覗き込み前髪を優しく掻き上げられた。

「お前には聞きたい事が山程あんねや。あと五分もせんと若先生と理事長が来る。それまで、ちょっとええか」

私が勝呂くんと二人きりで話せる時間はあまり無いらしい。私は寝起きの頭をフル回転させて事の次第を説明した。両親が亡くなった事、その悲しさにつけ込まれ悪魔落ちになった事、悪魔落ちの代償と得た能力。能力の使い過ぎで身体が限界を迎え炭化を始め命を諦めた所に勝呂くんと会った事。
全てを一字一句聞き漏らすまいと眉一つ動かさず耳を傾けていた勝呂くんは息を吐き出し私の額を指で弾いた。
沢山の器具に繋がれた身体では腕を動かす事も出来ず、痛いと嘆くと勝呂くんが弾いた箇所を優しく撫でてくれた。

「お前みたいな阿呆、百年後でも忘れへんわ。安心せえ、お前が忘れてもうても…俺は絶対に忘れへん」

「勝呂くん、私のこと…誰だか分かるの?」

「いらへん言うとる奴に蝉の抜け殻押し付ける奴は後にも先にもお前だけや、名前」

名前。それは正真正銘私の名前だった。久しぶりに名前を呼ぶ人が居てくれた事、彼が私の事を思い出してくれたのが嬉しくて思わず無くした筈の涙腺が緩む。
ぼろぼろと溢れる涙を拭いもせず天井を睨む私を勝呂くんはじっと見つめた後ゆっくりと唇を開いた。

「…恐らくお前はこれから選択をする。苦しみながら生きるか楽に死ぬか。お前がどっちを選ぼうとお前の人生や、文句は言わん。けどな、両親がおらんでも俺が居るのを忘れんな」

正十字騎士團が悪魔を祓う集団なら、悪魔落ちした私をそっとしておいてくれるわけがない。生を諦め死を享受した私にもう一度生きる事を許してくれるなら、その時は精一杯生きたい。例え悪魔と蔑みを受けようと、私は私なのだから。にわかに騒がしくなる扉の向こうにその選択が近付いている事を悟ると大丈夫、と涙声で呟き口元を持ち上げる。そんな私に勝呂くんはまた名前、と名前を呼んでそっと微笑んでくれた。

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