04

「塾の見学に来ませんか」

結局昼食としてうどんをご馳走になった。我が家の食材が使われる食堂のランチが気になっていたのでフェレス卿がランチを食べるのではと期待したものの、彼は何故か美味しそうに肉まんを頬張っていた。
昼食を終えご馳走様でしたと深く頭を下げる私に彼はさらりと言った。

塾。何の塾だろう。首を傾ける私にフェレス卿は笑った。

「行けば分かりますよ。学業とは疎遠な貴女でも何を習っているのか直ぐに分かる筈です」

少しばかり小馬鹿にされている気もするが学業と距離を置いているのは事実だ。何も言い返せはしない。
渋々頷いてみせるとフェレス卿は満足気に口角を上げて食後の緑茶を啜った。

授業が終わる鐘を聞く。村以外の場所でこんなに長居するのは初めての私は結局昼から今までソファから一歩も動けなかった。フェレス卿はそんな私をまるで借りて来た猫みたいだとけたけた笑いながら終始何処かに電話していた。

「では、これを」

部屋の外でダレカからナニカを受け取ったフェレス卿は戻って来るなり私に今しがた受け取ったであろう大きい箱を渡してきた。
ぱかりと蓋を開けるとブラウスとスカート、靴下とリボンが入っている。
…制服だ。恐らく、この学園の。

「フェレス卿…は女装の趣味が?」

「私にこのサイズが入るとでも?」

ばさりとブラウスを広げてフェレス卿を見上げると切り捨てるようなツッコミが返って来た。確かにこの制服のサイズは高身長の彼が女装するにしては小さすぎる。このサイズはどちらかと言うと私が着るような…。

「貴女が着るんですよ」

怪訝そうな顔で制服とにらめっこする私に痺れを切らしたのかフェレス卿が呆れたように声を掛ける。
私か…成る程。サイズは確かにぴったりだろう、だがしかし私はこの学園の生徒ではない。

「この、格好は…駄目、です……よね」

私が今身を包んでいるのはいつもの白のポロシャツに細身のジーンズ、履き古しのコンバース。
此方の方が着慣れている分楽なのだが、フェレス卿の無言の圧力によりネガティブな語尾になってしまう。そんな私にフェレス卿は今日一番の嫌味ったらしい笑顔を浮かべるのであった。


結局押しに負けて通ってもいない学園の制服に腕を通す羽目になった。パリリと糊のきいたブラウスやスカートが中学生だった頃を思い出させる。一年前の、あの事件が無ければ私は前髪を伸ばす事も無かったし、もしかしたら都会の高校へと出てこういった可愛い制服に身を包んでいたのかもしれない。
きゅ、と胸元のリボンを結び終え窓ガラスで変な所は無いか確認する。スカートは少し短すぎる気がするものの他は至って普通で可愛らしい制服だ。

「終わりましたか」

一気に疲労が蓄積された気がしてほう、と息を吐き出すと、扉の向こうでフェレス卿が声を掛けてきた。まるでタイミングを見計らったかのように。
肯定の言葉を聞き部屋に戻ったフェレス卿は一瞬目を見開いたものの直ぐに細め少しだけ眉を寄せる。よくお似合いです、と月並みの言葉を戴いたのでありがとうございます、とお決まりの言葉を返した。


塾へはこの鍵で移動します。そう言ってフェレス卿は懐から一本の鍵を取り出した。確かに其れは何の変哲も無い鍵だ。新品のように金属特有の光沢を放つわけでもなく、使い古され所々錆びているわけでもなく。至って普通の鍵を、廊下に出たフェレス卿は適当な扉の鍵穴に突っ込む。ぐるりと回すとカチリと錠の解除を知らせる音が鳴る。そうしてドアノブを捻り扉を開けると扉の向こうには廊下があった。廊下でドアを開けたらまた廊下がある。話には聞いていたが実際に目の前にすると少しだけ驚く。塾に通う人達もこれをしているのだろうか。

農家の人間にとっては非日常な其れを受け入れる事が出来ずぽかんと呆けていると、後ろからフェレス卿が肩を押して扉の向こうへと進む。え、とかあ、とか言葉にならない声を発している内にぱたり、扉は閉じられてしまった。

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