03

五月を迎え桜は花弁を散らし青葉を広げ、タンポポも真っ白な綿毛を作って風に揺れる。
田植えを無事に終え近くに設けた小屋では合鴨の雛達が声高らかに鳴き自分達の出番を待っている。
最近の合鴨農法はかなり発達しているらしく、農家によっては田んぼで合鴨に害虫を食べさせると同時にドジョウの養殖もしているらしい。
ドジョウとウナギとナマズの区別すら出来ない私は今日もいそいそと手押し車を引いて野菜を卸しに学園へと向かった。
……のだが。

「ううん…」

これはやばい。
未だ朝方は肌寒い。大変でしょうとおばさんに人肌に温められたミルクティの缶をいただき、適当な石段に座ってちびちびと飲んでいると頭上から降り注ぐ太陽のぽかぽかとした暖かさに思わず眠気を誘われる。
いけない。早く帰らないと、と思う反面飛来した睡魔は中々帰ってくれず、気付けばこくりこくりと船を漕いでぴくりと身体を揺らしては起きる。それを繰り返す内に私は太陽の暖かさに降伏してしまうのであった。


「…う、…」

「漸くお目覚めですか」

瞬きをするように目を閉じまた開けた時。私のお尻の下は硬くひんやりした石段ではなく柔らかい革のソファになっていた。
いつの間にか身体を横向きに寝そべっている私は何か細く固い物を枕にしているようだった。
そして頭上から降って来るのは陽光ではなく呆れた様な口振りの男性の声。私は知っている、これが誰の声か。

「ずっと貴女が起きるのを待っていたんです。名字名前さん」

「………!?」

其処でやっと気付く。この細く固いのは足だ。ヒトのアシ。
くるり。長く伸ばしていた前髪を手袋を篏めた指に絡められる。横を向いていた顔をギギギ、と錆びた機械のように上へ向けると。

「お早う御座います。山に囲まれし麗しのお嬢様」

正十字学園理事長、メフィスト・フェレス卿が其処に居た。つまり、私はフェレス卿の膝で眠っていたらしい。その事実に気付くなりひぃ、やら、ひゃあ、等と奇声を上げてがばりと身体を起こす。一人状況が分からず辺りを見渡す私にフェレス卿は腹を抱えて笑う、笑う。

「わ、笑わないで下さい」

「失礼、貴女の驚く顔が酷く新鮮だったもので」

どうやら此処は学園内の理事長室らしい。窓からはずっとへんてこだと思ったいた建物の最上部にあるキノコみたいな形の部分が見える。大分高い所に居るみたいだ。

「貴女が中庭で居眠りしている所を発見しまして。確保させていただきました」

ご両親には連絡済みです、とピッと人差し指を立ててフェレス卿は自慢気に言う。
どうやら予定より長居してしまっているらしい。今日は畑に麦を蒔く日だと決めていたので帰らないと、と立ち上がろうとするとまぁまぁと宥められ再びソファに腰を下ろさせられた。

「まだ何か御用ですか?私、帰って麦を蒔かないと…」

「ご両親は一日位休んでも構わないと言っていましたよ」

少し行儀が悪いのは分かっているもののフェレス卿から顔を逸らし前髪を直す。開けた視界は慣れない。視界をすっぽり覆う黒い髪が無ければ落ち着かない性分になってしまった。

ふと隣から視線を感じ前髪の間から覗くとフェレス卿はいつもの様な何かを企む顔は無く、何処か真剣なようで憐れむような表情で私の、前髪の奥の、忌々しい瞳を見つめている。
どうかしましたか、と聞いても何でもありませんと返ってくる。取り敢えず無礼を働いた事に対して怒っているわけではなさそうなので、そっとしておく事にした。

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