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季節は残暑厳しい晩夏を過ぎ初秋を迎えた。
そして今、目の前の扉を見つめる私の表情は酷く固まっていると思う。

「今日は皆さんに大切なお知らせがあります」

扉の向こうからフェレス卿の上機嫌な声が聞こえる。
私が今立っているのは塾の、本来なら皆は今頃眼鏡の先生から対・悪魔薬学の授業を受けている筈だった。過去形なのはその授業を今、フェレス卿がブチ壊しにしているから。

「少々季節外れですが新しい塾生を迎えることにしました」

その言葉を聞いて塾生が僅かにざわめく。扉を挟んでいる為よく聞こえないものの眼鏡の先生が口を挟んでいるのが聞こえる。授業の遅れがどうだとか、何とか。眼鏡の先生の言葉を遮ってフェレス卿は高らかに言う。

「先日候補生に昇級しました。勿論今まで貴方方が行ってきた授業も一部を除き全て受けさせました」

フェレス卿に頭を下げて祓魔塾への入門を頼んだ日、彼から幾つかの条件を出された。
二週間後に行う候補生認定試験を受けて合格する事。同時に悪魔学、グリモア学のテストを受け90点以上をとる事。

『貴方には騎士の才能があります。既に実践訓練に入っている今の塾生達に追い付く為には騎士には要らない知識は今は捨ておくべきでしょう』

つまり詠唱騎士や医工騎士において必要な対・悪魔薬学や聖書:教典暗唱術等を捨てて、悪魔学やグリモア学等騎士に必要な知識を短期間で詰め込むといった付け焼き刃のような策だった。
しかし悪魔祓いとは無縁な上、時間の無い私には其れしか選択肢は無かったのであった。

其れから二週間、私はひたすらに祓魔師の基礎から悪魔学、グリモア学に精を出し時には夜中、学園の中庭で小さい悪魔の寄せ集めに追い掛け回されたりもした。
塾生を驚かせようと画策していたフェレス卿は授業も私の勉強部屋も徹底して管理した。この一ヶ月"書斎の鍵"でフェレス卿の個人的な書斎を寝床兼勉強部屋として借りて、授業も一年生の授業を担当していない先生を起用し基礎からみっちりテキストをこなしていった。
候補生認定試験では青いメの人達が相手をした悪魔と同じ難易度の悪魔が選ばれ、私がお手洗いから書斎へ戻ろうとした所を急襲させた。
突然の事に驚きつつも常時片時も離さず身に携えていた鎌を使って倒し、私は無事候補生へと駒を進めた。

長いようで短い課外補習を終え、私はやっと皆と同じ位置に立とうとしていた。徹底的に勉強していた悪魔学やグリモア学は私の気合いの入れように感化されたらしい先生方が授業に少しでも余裕が持てるように今塾生達が習っている所から少し進んだ所までを詳しく教えてもらった。これで捨て置いた薬学や教典暗唱術、印章術の授業の知識を付ける時間が少し出来た。分からなかったら先生に聞きに行けばいい、とことん食らいついてやろう。
私は父や母が誇れるような祓魔師になってみせると誓った。一人でも私のような気持ちを抱える人が救えたらいいと思う。もうメを隠して怯えているだけの私ではないのだ。ぎゅ、と拳を握ると同時にフェレス卿から入室を促される。フェレス卿からいただいた正十字学園の制服のスカートのプリーツを指で舐めるように撫で、ドアノブに手を掛け――押した。


教室の中は五月に見学しに来た時とあまり変わっていないような気がした。はっきり言えないのは此方を見つめる数多くの視線が気になるから。
どうやら教室では薬学の授業の前に実践訓練についての話が行われていたらしく黒板には実践訓練の日程とでかでかと書かれ、眼鏡の先生の隣には驚いたように口をぽかんと開けた赤髪の人が此方を見つめていた。
フェレス卿の隣に立つと彼から自己紹介をするよう促される。目の奥に浮かぶのは控え目に挨拶をした五月、名前と月並みな挨拶をした七月。あの時の視界は黒に覆われていたけど、今私の視界を遮るものは何もなく彼等の目には教室の蛍光灯の明かりを浴びてきらりきらりと輝く真紅の瞳が見えているだろう。
これが私がフェレス卿に示した覚悟だ。鼻先に掛かる程長かった前髪をばっさり、瞼の上まで切った。もう怖いものなんてない、自分の目に怯え他人の顔色を伺うような私ではない。なかなか言葉で主張というものを出来ない私が精一杯考えて出した覚悟の表し方だった。

「先日候補生に昇級し、今日から皆さんと実践訓練と座学に参加する名字名前です」

ぎゅう、と拳を握り書斎を出て来た時から何度も念仏を唱えるように昨夜考えた挨拶の言葉を唇に乗せる。

「一年前、私は悪魔に襲われ其の血を浴びてこのような目になりました。前はこんな目、抉ってしまいたい位に嫌いでした。この数ヵ月、たった二回の皆さんとの交流により今はこの目も私の個性の一つだと考えられるようになりました」

「同時に悪魔から魔障を受ける事によって精神的、肉体的にダメージを受ける人を一人でも減らしたいと思うようになりました。少しでも手助けが出来るよう身心共に強い祓魔師になりたい。そう思っています」

最後によろしくお願いします、と月並みな言葉を吐き深々と頭を下げて私の自己紹介は終わった。
言いたい事を全て言いきった私の耳の奥にはさわさわと秋の実りを告げる稲穂の海のさざ波の音が響く。
私の大好きな秋が来た。山と太陽と大地からの恵みを受けた作物達が元気な顔を見せてくれる――収穫期があるからだ。
両親は稲を刈り、牛は子を孕み、村は十五夜の行事で活気づき、そうやってまた一年が過ぎていくのだ。
ぐるりぐるりと季節は巡る。立ち止まった儘の私の背中を押して。
見失っていたスタートラインにやっと立てた私は時の流れを追い風に長い道程を歩み始めたのだった。

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