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結論から言うと夕飯はとても美味しかった。
器用にジャガイモの皮を剥いた青いメの人は私達にサラダの支度を指示、あっという間にカレーを完成させてしまった。
料理上手という意外な一面に心配そうな表情だった塾生達も各々個性的な反応を示していた。

赤髪の人の少し後ろでカレーを食べながら、家族以外と食事を共にするのは実に久しぶりだとぼんやり考えた。
家で育てた野菜で料理を作って、皆でわいわい騒ぎながら食べる。この一年間ずっと閉鎖的な生活を余儀なくされていた私には目の前の光景はとても暖かいものに思えた。会話に加わらずとも皆の楽しそうな表情を見ていると先程から感じていた胸の中の何かが溶ける感覚がじわりと胸に広がり身体中に広がっていった。


20時を過ぎ、夕飯を終えた塾生達は眼鏡の先生から実践任務の参加資格を得る為の訓練の説明を受けている。
私は泥酔した赤髪の人に絡まれながらじ、とランタンの灯りを見つめる。
これからの私の仕事は訓練で怪我をした人の治療や失格になった人の世話役。夕飯の時はわいわい騒いでいたのを眺めていたからまだしも、直ぐ傍にある森は静かな闇だけが広がっていて周りが悪魔の巣窟なのだと考えると、それだけで背筋が寒くなる。

夜八時半。眼鏡の人の銃を合図に訓練が始まると一斉に塾生達は森の中へと突っ込んで行き、ランタンを囲むのは眼鏡の先生と泥酔した赤髪の人との三人だけになってしまった。何とも居心地が悪くて下のジーンズだけ履き替える旨を申し出てテント内へと入る。
こんな事で三日間を乗り切れるのだろうかと悶々とした悩みを抱えつつ誰も居ない空間に向かって自分に頑張れと応援しながらハーフパンツに足を通した。テントの外から微かに二人の会話が聞こえた。鍛えるがどうとか、賛成だとかどうとか。
意味も分からない儘テントを出ると赤髪の人が空になったビールの缶を転がすのが見える。靴を履いて再び赤髪の人の隣に座るとお前もなァ、と早速絡まれる。夜なので帽子は取ってしまった為、わしわしと頭を犬のように撫で回された。

「名前、眠いならアタシの膝で寝ろ!」

抱えていた足を崩したと思えば、いきなり剥き出しの太股に無理矢理を頭を押し付けられた。不自然に身体を曲げる格好になってしまい息苦しさに思わず強めの抵抗をしても手を退けてくれる気配は無く、仕方無く身体を横にして地面に横たわった。
白いポロシャツが汚れてしまうのは少々不服だったがシャツの代えはちゃんとある。朝が明けたら着替えて行きの途中にあった小さな滝で洗えばいい。胸の奥が未だにふやけたゼラチンみたいになっているのを感じながら目を閉じた。久しぶりに沢山の人に囲まれたり、山のような道を登ってきたからか眠気は直ぐに訪れた。


ピィイイ、と笛の様な音と、頭の下の何かが抜き取られる感覚で意識が浮上する。頭上で一言二言会話が交わされた後、誰かが遠ざかっていく音が聞こえた。重い瞼を開けると腕を擦りながらふわあ、と大きな欠伸を漏らす赤髪の人が見えた。もしかして腕枕をしていてくれたのだろうか、擦る腕は仄かに赤い。まだ外は暗いが、どれ位寝てしまったのだろう。そしてさっきの笛みたいな音は現実なのか、夢だったのか。

「起こしちゃったかにゃ?」

「いつも明るくなる前に起きるので…大丈夫です」

「マジで!?ババアか!」

ポロシャツについた砂を払いながら立ち上がると目を見開いて驚く赤髪の人に溜め息を漏らす。
テントの裏で顔を洗ったり、歯を磨いているとゴロゴロと何かが回る物音が続けざまに二回聞こえた。戻ってみるとパペットを持った男の子と昨日夕飯の支度の際に指を切っていた眉毛の子が戻って来ていた。隣にはごうごうと音を立てて燃える大きい石燈籠が二つ。これが眼鏡の先生が言っていた"提灯"らしい。
大きいなあ、なんてぼんやり考えていたらまたゴロゴロと音がして青いメの彼を筆頭に生徒が五人戻って来た。
これで此処には眼鏡の先生以外の全員が揃った事になる。そういえば眼鏡の先生は何処に行ったのだろう?そんな考えが頭をよぎった瞬間、

「ひゅー…シュタッ」

突如其れは上から降ってきた。軽々と着地すると一緒に降って来た四足歩行の獣を放つ。
状況が理解出来ない儘、舌を出して奇声を発し真っ直ぐ走って来る獣を見つめる。舌のぶつぶつが気持ち悪いなぁ、と状況に似合わない事を冷静に考えていると私を庇う様に赤髪の人の背中が現れる。

「下がれ!」

いつものふにゃふにゃした彼女らしくない覇気にぼんやりしていた意識が自然と引き締まる。
慌ててテントの傍まで下がると、赤髪の人の指笛と合図に地面から光を纏う蛇が姿を現し女子達が描いていた魔法円が蛇と同じように輝きを放つ。同時に手押し車に乗っていた大きい燈籠と獣、獣を連れて降りてきたトンガリの人が飛ばされていった。

「名前!此方に来い!」

取り敢えず危機は去ったようだ。生徒達を集めポニーテールだった髪を団子に結びながら説明を施す赤髪の人をぼんやり見つめていると、再び名前を呼ばれる。散り散りになって各々会話や考え事をする生徒達を横目に彼女の元に近寄るとばしゃりと頭に何か水のような物を掛けられた。

「いいか、よく聞け」

がしりと濡れる視界の中で赤髪の人は真剣な表情でびしょ濡れになった私の肩を掴む。
今掛けたのは其れなりに強い作用の聖水だとか、先程襲撃してきたのはアマイモンという強い悪魔だという事。この魔法円は描く時に中に居たものを守ってくれるものだと悪魔や悪魔祓いには無知に等しい私に出来るだけ噛み砕いた説明をしてくれた。

「八候王っつって虚無界で権力を持つ強い悪魔だ。鎌なんかで退治出来る相手じゃない」

だから、いいか。絶対にこの魔法円から出るなよ。赤髪の人は剣を地面に突き立ててぼそりと呟く。
元より悪魔と戦う術の無い私に出来る精一杯の抵抗が魔法円の中に閉じ籠る事らしい。こくりと頷くと寝る前の時みたいに犬のように頭を撫で回された。

「おい…」

じゃり、と地面を踏みしめる音に顔を上げると青いメの彼が何処か苦しそうな表情で此方を見下ろしていた。
聞けば以前彼はあのトンガリさんと対峙した事があったらしい。多分俺が目的なんだ、と告げる彼に分かってると答える赤髪の人に目配せをされる。多分席を外せと言いたいのだろう、黙って立ち上がり少し離れると首元を押さえてうつむくクリーム色の髪の子が立ち尽くしているのが見えた。何処か怪我でもしたんだろうか。そう思って数歩近寄った瞬間、彼女は徐ろに魔法円の外に向かって歩き出した。え、え、そっちは行っては駄目なんじゃないだろうか。

「杜山さん!?」

彼女の異変に気付いた男子生徒の誰かが声を掛ける。その声に全員が反応し彼女へと視線が向けられ、その表情が――焦燥へと変わる。

「しえみっ!?」

「おいおいおいおい!!名前、止めろ!!」

この魔法円から出てはいけないのは私もだけどこの人もだ。赤髪の人に言われる前に私はしえみと呼ばれた女生徒に飛び付いた。
腹に腕を回して引っ張ってもびくともせず逆に同じ位の体重の私をずり、ずり、と引き摺って行く。
どんなに力を入れても彼女は歩き続け、やがて魔法円の外ギリギリに近付く。すると木の上から音も無くトンガリさんが降り立つ。

アマイモン。八候王。強い奴。赤髪の人の言葉が瞬間的に脳内をぐるりと回り、思わず彼女から手を離してしまった。結果、しえみという女生徒はトンガリさんの腕の中へ。トンガリさんの目線は私へと一瞬向けられる。隈が出来た感情の無いメ。あの時放蕩息子に取り憑いた悪魔が私に向けたのと一緒のメだった。

「ま…まてこのトンガリ!!」

女生徒を抱えて飛び去ったトンガリさんを追って青いメの彼が出て行ってしまった。
木々が薙ぎ倒され、彼が殴り飛ばされ、木々の悲鳴のような地響きが森中に響き渡る。赤髪の人、三白眼の人、垂れ目の人に坊主の人が追う様に出て行き、最終的に魔法円の中にはパペットの人と眉毛の人、そして私だけになってしまった。殴打の音が聞こえなくなったかと思えば誰かの絶叫が響き渡る。坂を転がる石のように変わる状況にわんわんと耳鳴りがしてくる。こめかみを押さえて耳鳴りを堪えていると頭上で戦う声や物音がする。ぞわり。鳥肌が立ち押さえたこめかみから徐々に痛みが生まれ頭痛となっていく。森は、木々は、青く青く燃え盛っていた。

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