09

「お前、学園の生徒じゃねーんだな。あの時は体育バックれた生徒かと思ったぜ」

建物が沢山積み重なった正十字学園の一番下。学園森林区域の板張りの上り坂を塾生達と登っていると滝を見つけてはしゃぎ、皆から置いて行かれた青いメの彼が最後尾を歩く私の隣に立って親しげに話し始める。
唐突に始まった会話に森が育む植物や木々に夢中になっていた私は驚きのあまりえっ、と反応してしまう。

「何や、奥村くん知り合いなん?」

「おー、前にちょっと色々あってな」

声が小さかったか、蝉の声に紛れてか私の声は青いメの彼の耳には聞こえなかったらしい。私の前を歩いていたピンクの髪の男子生徒と話し始める。
ほう、と息を吐きながら長い前髪の間から見える木々や板張りの道を避けるよいに地面から伸びる植物達に再び目を遣る。森林のトンネルみたいで本当に心地良い。樹木の香りは人間の神経に作用して精神を安定させてくれるらしい。鼻から空気を吸い込むと葉と土、岩肌を舐めるように落ちていく水や乾いた木の匂いがして思わず村に帰って来たのかと錯覚してしまう。
束の間の森林浴気分を味わっているとひょっこり目の前に髪の毛がピンクの男子が現れて小さく悲鳴を上げてしまった。

「あ、驚かせてしもた?堪忍なあ」

「は、はぁ」

「俺は志摩廉造いいますー。名字さんやったっけ?よろしゅうな」

ピクニックみたいだとはしゃぎながら再び前へ前へと進んで行く青いメの彼の後ろ姿が見える。どうやら話し相手を私に変えたらしい。一緒に歩いていた坊主の人や不良みたいな人と話せばいいのに。ぱちりと片目を瞑ってウインクされてどう反応すれば良いのか分からずうろうろと視線をさ迷わせる。
すると前からにゅっと腕が伸びてきたかと思えば、へらへらと笑って何かを喋っていた垂れ目の人のリュックの肩紐を引っ張り其の儘坊主の人の隣に並ばせてしまった。
呆気に取られて腕の先を辿っていくと、三白眼の不良の様な人相の人だった。しかもばっちり目が合ってしまった。

「坊!俺の扱い酷すぎやないですか!?」

「お前がうっさいのが悪い」

「俺、名字さんとお喋りしとったんにぃー」

「何処がお喋りやねん、お前の一人語りやったろが」

涙目でひぃひぃ言う垂れ目の人に三白眼の人は辛辣な言葉を吐き掛けていく。ぼんやりと其れを眺めていると一通りの会話を終えたらしく、肩越しに三白眼の人が此方を見下ろして来た。

「すみません、ありがとうございます」

身長差故か、その人相の悪さ故か威圧感を醸し出す彼に慌てて謝罪混じりのお礼を言う。搾り出したような微かな声だったが彼の耳には届いたらしく、おん、と短い返事の後また前を向いてしまった。
大きい背中を見つめているとトロリと胸の中の何かが溶けていく気分になった。


暫く歩いて、開けた所に出る。どうやら此処が合宿の拠点になるらしい。上は沢山の建物があって近未来的なのにコテージの一つもないこの森林区域は酷く原始的だ。
夏なのに重たそうな真っ黒の長袖のコートを羽織った眼鏡の先生から日が暮れると悪魔だらけになるというこの区域の説明と、男子と女子に分かれてテントと夕飯の支度、魔法円の作画の指示をされた。

「名前は魔法円描けないし、夕飯の下準備よろしくゥー」

がばりと後ろから抱き付いて来た赤髪の人にそう指示されて了承の意を込めて一つ頷いた。今回の私の役目は食事の準備を中心とした補助だ。赤髪の人は先生だからこの人の指示には従わなければならない。

「じゃ、始めましょうか!」

コートを脱いで半袖姿になった眼鏡の先生の声を皮切りに塾生達が各々作業に移る。
用意されたステンレス製のテーブルを組み立てて、背負って来たリュックから夕飯に使う我が家のお手製野菜達を取り出す。少々重かったがいつも倍以上重い手押し車を引いているので苦ではなかった。
私のリュックからごろごろと野菜が出て来るさまを皆が作業の手を止め呆然と眺めている事にも気付かない儘、私はリュックから包丁を取り出し家を出る前に洗っておいた野菜達に刃を入れた。

人参と玉葱の支度をしている間に魔法円の作画を終えたらしく女子達が此方へやって来た。お疲れ様です、と声を掛けると赤髪の人に被っていた麦藁帽子を奪われる。

「ストレス溜まってんのか?」

「?」

「仇相手を見るようなツラして人参と睨めっこしてたにゃー」

ばすんと麦藁帽子を被ってゲーム機を弄る赤髪の人に指摘されて一気に顔に熱が集まるのを感じる。関わりたくない相手とはいえ、我が家で採れた野菜を村の人以外が口にするのを見られると考えたら少し気合いが入り過ぎてしまったようだ。にゃは、可愛いー!と赤髪の人に後ろからのしかかられながら赤くなった頬を隠したくて慌てて麦藁帽子を奪い返した。
トロリ、トロリ。また胸の中の何かが溶けだすのが分かる。そしてこの何かが溶けると、私の気分は羽が生えたかのように軽くなってしまう。

「いた!」

「かれー…?」

学園側から提供されたお肉とジャガイモ、サラダの準備を私とボブの人、個性的な眉毛の人と手分けして作業を始める。
見るだけで上質だと分かる肉を一口大に切っていると各々から不安要素を感じる声が聞こえてきてハッと顔を上げた。
眉毛の人はジャガイモの皮を剥こうとして包丁で指を切り、一人はカレーのルーを見て首を傾けている。
もしかして二人共自炊の経験はあまり無いのだろうか。ならば火を扱うのは危険だし、カレーは私が受け持って彼女達にはサラダをお願いしよう。
声を掛けようと口を開けかけた時、眉毛の人の包丁を青いメの人が徐ろに奪い取り何とも器用な手付きでジャガイモの皮を剥き始めたのだった。

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