08

がらがら。今日も手押し車は立派にその役目を果たしてくれている。暦も七月を迎え、村では七夕に折り紙や和紙で作った飾りやお手製の灯篭を笹に吊るし皆で太鼓や笛を鳴らしながら村中を練り歩く行事をした。
季節はもう夏、田んぼに植えた苗は背を伸ばし台風を乗り越え、元気に風に身体を委ねてはざわざわと葉を擦り合わせる。実を付ける準備が始まる来月辺りからは稲特有の病にかかる事がある。まだまだ油断は出来ない。

朝も早いのに食堂の裏口に赤髪の人が積み重ねられた木箱に座って半分程になった林檎をしゃくりと丸かじりする。

「にゃほう」

ひらりと手を揺らして赤髪の人は私に向かって話し掛ける。心無しかその顔は青白く、強ばっている。二日酔いだにゃー、ときゃらきゃらと笑ってまた林檎をかじる赤髪の人に緩く肩を竦める。
いつものように作物を卸していく。ふと手にしたトマトは彼女のように艶やかな赤をしていた。
正直に言うとあまりこの人とは関わりたくない。早く卸してさっさと帰ろう。そうしたら少なくとも一ヶ月は関わり合いにならずに済む。
そう思って野菜の入った籠を下ろして行くと、後ろから赤髪の人が近付いて来るのが分かった。

「メフィストから直々にラブレターだと」

白のポロシャツの上から腰を何か尖った物でつつかれる。擽ったさとほんの僅かな痛みに振り向くと、赤髪の人はうさ吉と草書で書かれた凛々しい顔付きの兎のイラストが入った可愛らしい桃色の封筒を私の手に握らせた。

あのナリといいこのファンシーな手紙と言い、フェレス卿の好みはその悪魔的な顔からは想像出来ない程メルヘンというか、子供心に溢れている。
最初に私に会いに村を訪れた時もあのピエロのような格好で、緑に覆われた村とあのピンクと白に覆われたフェレス卿は全く馴染めていなかった。

兎のシールで留めてある封を開け便箋を開く。便箋もあのうさ吉とか言うキャラクターの物かと思っていたが、予想に反して柄も色もない只の白い便箋だった。
呑気に考えていられたのはそこまで。手紙に書かれていた内容に私の意識はスポンジに吸い取られる水のように全て吸収されてしまった。
罫線も無い、コピー用紙のような真っ白で寂しい便箋には七月下旬の正十字学園の終業式から三日間祓魔塾で林間合宿を行うこと、そしてその合宿に補助員として私の同行を命じる旨が書かれていた。
あまりに突然過ぎる、いや、五月に塾の見学をさせた時から薄々気付いていた。フェレス卿は私と塾に何らかの関係を持たせようとしている。何故?分からない。非力で能も教養も無い私にフェレス卿は一体何を企んでいるのか。

「どした?」

ひょっこり後ろから顔を覗かせた赤髪の人に手紙を奪われても私の意識は何処か身体から抜け落ちたかのように上手く働いてくれない。まるであの寂しい便箋のように、真っ白になってしまっていた。
手紙を読み終えた赤髪の人はぼんやりと突っ立っている私と手紙を何度か見比べた後、私の肩に腕を回してぴったりくっつくとぽってりとした唇をチェシャ猫のようににんまり歪めた。

「ぷくく。お前、とんでもない奴に目付けられたな」

ふざけるな。やっと戻って来た意識の中で叫ぶ。敢えて声には出さない。今は早朝な上、真横の厨房でせっせとランチの仕込みをする食堂の方々には迷惑を掛けられないと思うと叫べなかった。

「安心しろ。この合宿、私も引率でついてくるからにゃー」

今度は意識が身体を抜けていくのがはっきりと分かった気がした。
親には何て説明しようか。学園の制服を着て帰って来ただけで号泣した両親だ、祓魔師の塾の補助だなんて言ったら気絶するか発狂するに違いない。
沸き上がる怒りと頭の中を回る不安感に私は結局絶叫する事はなく、代わりに地面に向かって溜め息を一つ零す。
フェレス卿の思惑は全く掴めない。だからなるべく塾生や教員とは距離をとった方がいい。にひにひと笑う赤髪の人を引き剥がしながら私は私の保身の為に固く決意した。


「以前塾の見学に来た名字名前さんです。今日はこの林間合宿の補助として色々お手伝いをしてもらいます」

正十字中腹駅。
下からじりじりと焼け付くようなコンクリートからの熱気と上から照り付ける陽射しの下、私は眼鏡の先生と赤髪の人の間に立たされていた。

「…名字名前です。三日間宜しくお願いします」

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