財布、時計、アクセサリー。眉間に皺を寄せて一つ一つ凝視する。
例えばこのシルバーリングなんて留三郎のしなやかな指にピッタリだ。試しに自分の薬指に嵌めてみると、それは丁度いい加減で僕の指に収まった。と、いうことは留三郎の指にはほんの少しだけ小さいということになる。軽く息を吐いて、指輪を元の位置に戻した。
もうすぐ僕と留三郎の誕生日だ。正直、僕にとって自分の誕生日より留三郎の誕生日の方が重大なイベントで、多分本人よりもその日を心待ちにしているのではないかと思う。僕が選んだプレゼントを貰って喜ぶ留三郎の顔が見たくて、早々にプレゼントを考えていたが、考えすぎてしまっているのか、なかなか決まらない。
男性向けのアクセサリーショップの店内をぐるりと見回した。アクセサリーだけではなく、店の奥には服や香水も売っている。言い換えると身の周りのものはほとんど揃っている。店内にはちらほらと女性の姿もあった。きっと彼氏へのプレゼントでも買いに来たのだろう。参考までに彼女たちの手元を盗み見てみるが、どれも僕が今しがた見ていた財布やアクセサリーなどの無難なもので、あまり参考にはならなかった。
(どうしよう、困ったな)
一応、何が欲しいのかは聞いている。感づかれないように、誕生日の一カ月前に聞いてみたのだ。本人の望むものをプレゼントするのが一番良いことだとは思うが、今の僕にはそれが躊躇われた。
「テフロン加工のフライパンが欲しいな」
一カ月前の留三郎の言葉が脳裏に甦った。誕生日プレゼントにフライパンなんて、色気がなさすぎる。一年に一度なのだから、もっと特別なものをプレゼントしたいのだ。
思えば僕は留三郎のことならなんでも知っていると確信していたが、誕生日プレゼントの一つも決められないのだ。フライパン以外に、彼の欲しいものがわからない。プレゼントを選びにこの店に入ったときの高揚感が嘘のようにどこかへ消えてしまった。
一人でうなだれる僕に、周りの人が不審そうな目線を送っていることに気づいて我に返り、顔を上げる。すぐ前には小さな置物やアロマキャンドルなどの雑貨がきれいに並んでいた。
(あれ、なんかこれ留三郎に似てる)
小さなスノードームの中の黒猫と目が合った気がして、手に取ってみると、目つきが留三郎にそっくりで思わず小さな笑みがこぼれた。ふてぶてしいところがそっくりだよ、と心の中で猫に話しかける。随分と季節外れだがこれをプレゼントにどうだろう。沈んでいた気持ちが次第にまた元気を取り戻してきた。
ふと元あった位置に目を向ける。すると黒猫のスノードームがあった隣に、もう一つ別のスノードームがあった。こっちの猫は薄茶色で毛足が長く、丸まって寝ている。
(黒猫が留三郎ならこの猫は僕かな。このまとまりのない毛が僕に似てる)
このスノードームをプレゼントにしたいという意志が僕の中で固まりつつあるが、この場合、どちらをあげればいいのだろう。本人に似ている方をあげるべきか、それとも僕に似ている方をあげるべきなのだろうか。








かれこれ一時間は悩んでいる。伊作が今必要としているものを考えだしたはいいものの、その量が多すぎてどれを選べばいいのかわからない。最近の伊作は、もう少しで誕生日だというのに不運に磨きがかかっていた。昨日なんて野良犬に腕時計のベルトを噛まれて壊していたほどだ。あれは俺が一年前の誕生日プレゼントにあげたもので、伊作のみならず俺も少しショックを受けてしまったのだ。今年も腕時計をプレゼントするべきなのだろうか。しかし店に飾られている腕時計たちは伊作の趣向と少し違っていて装飾的すぎているので、これは違うな、と首を傾げるしかなかった。
(あとノートをドブに落としたって言ってたよな。ペンケース丸ごとなくしたとも言ってた)
考えれば考えるほど今の伊作に足りないものが頭に浮かぶ。しかし誕生日プレゼントに日用品はいかがなものか。折角だから何か特別なものをプレゼントしたい。
「特別なもの」とは具体的にどんなものを指すのだろう、加えて、今回は俺一人が「特別なもの」だと思うだけではいけない。プレゼントを受け取る伊作も、そう認識しなければ意味がない。
一回こんなことを思うと自分が納得するまで考え込んでしまうのは、春休み明けのレポートとテストの影響だ。頭が無駄に冴えて、何事にも理論的に突き詰めて考えるクセがまだ抜けない。
(特別なものは人それぞれだから定義なんていらないんだ)
今もまだ頭の隅でこっそりと答を模索している自分自身に言い聞かせる。まさか、誕生日プレゼント選びにこんなに苦戦するとは思わなかった。よりによって伊作のプレゼント選びに。伊作の好きそうなものをすぐに見つけられると思っていたが、そう簡単にはいかないようだ。
日を改めて出直した方が良いのかもしれない。今度はさりげなく欲しいものを聞いてまた来ようと思い、踵を返すと見慣れた後姿が目に入った。声をあげそうになり、慌てて右手で口を押さえた
(いや、そんなはずはない、だって伊作は、)
授業が終わって一緒に帰ろうと誘ったら「今日は美容院を予約しているから先に帰って」と断られたのだ。今日こうして店に出向いたのも、一人で行動する機会ができたからだ。しかし実際、伊作は俺の目の前で何かをのめり込むように見つめている。
(一体俺に嘘をついてまで何をしているんだ)
若干ショックを受けつつも、伊作からの熱い視線を浴びているものを、咄嗟に隠れた物陰から覗き見た。
ちらりと見えたのは掌に収まる大きさのスノードームと、その中で雪をかぶる目つきの悪い黒猫だった。その猫と、それを見つめる伊作の嬉しそうというか、わくわくしているような表情で彼がここにいる理由がなんとなくわかった気がした。
(なんだ、そういうことか伊作も同じ理由でここにいるんだな)
「似たもの同士」ということか。それにしても同じ店に来るなんて。一緒にいる時間と比例して、思考回路も似てきてしまったらしい。
俺が後ろにいるというのに全く気付かず、スノードームに夢中になっているその無防備な背中を見ていると、普段は眠っている悪戯心が現れ、無意識に手が伸びる。
(これで俺に嘘ついたこともチャラにしてやる)
落として壊してしまったらいけないから、驚かすのは商品を置いた後だ。薄ら笑いを浮かべながら伊作の背後に身を潜める俺を、周りの客は訝しげに視線を向けてきたが、今は気にならなかった。
伊作の肩越しにスノードームの中の黒猫と目が合う。
「ほどほどにしろよ」
そう言っているような気がしたが、目覚めた悪戯心は歯止めがきかない。
「お前、俺に似ているな」黒猫に目で話しかける。どこかで「にゃあ」と猫の鳴き声が聞こえた気がした。




110810



(二人の誕生日ネタ:ゆきえさん)
リクエストありがとうございました。
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